福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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憎悪と報復の連鎖を断ち切ろう

〈『部落解放』2001年11月号〉

(2002/03/13up)

 先日、評論家の加藤周一さんと対談をしていると、死刑と戦争の話になった。死刑と戦争は、国家による殺人である。加藤さんは、死刑に反対するのなら戦争にも反対すべきであるということを力説しておられた。人権のなかでもっとも重要なものは、生存権であるともおっしゃっていた。命の保障があってはじめてその上にさまざまな人権が成立しうる。生存権は、平和のうちに生きる権利、つまり、平和的生存権ともいえる。
 私自身は、戦後補償の裁判を他の多くの弁護士と担当するなかで、たとえば、韓国で学徒出陣した人、強制連行された人、元軍人・軍属の人、その子どもたち、いわゆる「従軍慰安婦」とされた人たちに会って、話を聞き続けるという機会をもったことがある。在日の元「慰安婦」の人の話ももちろん聞いている。また、自分の親や親類、知人・友人たちから、あるいはいろんな集まりなどで、さまざまな戦争体験、被害も聞いてきた。
  裁判の原告である元「慰安婦」の人に、「青春を返してほしい」と言われたときは、言葉もなかった。青春を返してあげたくても、当たり前だが、返すことはできない。
  私自身の数少ない経験のなかで、いちばん思うことは、戦争は最大の人権侵害であり、最大の環境破壊ではないかということである。
  これだけ多くの人の人生をこれだけ根底から変えてしまうのである。
  今回のアメリカで起きたテロ事件を契機として、アメリカが軍事報復をするのではないか、日本のなかでそれを支援する改正や新規立法をするという動きもたいへん急である。この原稿が活字になっている頃には、また、大きな展開になっているかもしれない。まったく予断を許さない状況になってきた。
  メディアの多くは、「さあ戦争だ」「新しい戦争だ」「いつアメリカが具体的な武力攻撃をするのか」「日本の存在価値も示さなければならない」と浮き足だっているように思える。「アメリカはアフガニスタンを攻撃する」ということが、変えられない既定事実であるかのように報道されたりもする。
  しかし、そうだろうか。本当に戦争は避けられないのか。「戦争」は正当な根拠をもつものなのだろうか――。戦争で傷つくのは、政治家でもそれをあおった人たちでもなく、市民である。
  「軍事報復に加担しないで、では、いったい何をするのか。どんな貢献が可能なのか」という意見があるかもしれない。たとえば、キューバ共和国は、テロの直後、医療やカウンセリングによる支援などをいちはやく表明した。やれることはいっぱいあると思う。
  そして、私は、軍事報復を避けるようにすることこそが、一番の貢献ではないだろうかと思う。私が死刑制度に反対する理由の一つは、とにかくこれ以上殺される人を増やしたくないということである。人は寿命をもち、命ある者はいつかは死ぬ。しかし、「殺される」「殺す」ということは、できるだけなくしたい。
  国家による殺人である死刑と戦争は、衝動的になされるのではなく、計画的・組織的に敢行される。
  戦争を回避することで、多くの人が死ぬことを免れる。私は、新たな戦争が平和を創るとは、どうしても思えない。
  私は、うかつにも現ブッシュ政権がイラクへのミサイル攻撃を続けていたことを知らなかった。ローマ法皇ではないけれども、憎悪と報復の連鎖を断ち切る勇気をもつべきである。もしアメリカがアフガニスタンへ武力行使をすれば、それは憎悪と報復の連鎖の強化にこそなれ、断ち切ること、「終わりのはじまり」にはなりえないと考える。
  もちろん、テロ行為には、断固抗議するし、許せない。しかし、「自爆テロ」のニュースを聞くにつけても、テロの起こる根本原因をみんなでときほぐしていくしか、「終わりのはじまり」ははじまらないと考える。国連をはじめとする国際機関に問題がないわけではないけれど、今こそ国際機関のなかでも戦争回避のための努力をすべきである。戦争は答えではないと強く思う。




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