福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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「いろんな家族」で生きる

〈『部落解放』2002年02月号〉

(2002/03/13up)

 知り合いの弁護士が最近担当した事件の被疑者は、二十歳のホームレスの人。所持金は五円。万引きしたところを窃盗罪で逮捕され、裁判に。通常であれば、そもそも起訴されないか、裁判になっても実刑判決ではなく、執行猶予になるところだが、彼の場合、もしかしたら刑務所に行かないといけないかもしれない。まだ、判決は出ていない。彼の場合、帰るべき家がないのだ。一家離散になっている。
  裁判になった場合、身元引受人の家族がいるかどうかは、大きい。刑務所に行くかどうかというときに、家族が、「きちんと監督をします」と言うかどうかは、やはり大きいのだ。
  その二十歳の男性の場合、帰るべき家族がないことは、彼にとっては、どうしようもなかったことである。一家離散も子どもであった彼には、どうにもできなかったことである。
  「健全な家族」といった言い方に、私が大きな違和感を感じるのは、このような人の話を思い出すからである。
  子どもは、生まれてくるときに親を選べない。子どもは、自分の家族を選べないのだ。
  私たち大人にできることは、子どもたちがいろんなところで生きることを保障する社会を作ることではないだろうか。
  二〇〇〇年、児童虐待防止法が成立し、二〇〇一年、配偶者に対する暴力防止法(いわゆるドメスティック・バイオレンス防止法)が成立した。児童虐待防止法は、家の中での子どもへの虐待を防止しようとする法であり、ドメスティック・バイオレンス防止法は、家の中での夫婦間の暴力をなくしていこうとする法である。長い間、「法律は家庭の中に入らない」といわれてきた。しかし、そのブラック・ボックスの家庭の中に問題があることを明らかにしたのが、児童虐待の問題であり、ドメスティック・バイオレンスの問題などであった。
  私自身、子どもへの虐待のケースの刑事裁判を担当したり、相談を受けたりしてきた。離婚事件を担当すると、ドメスティック・バイオレンスの問題が出てくることも多い。
  子どもは実の親のもとで育つことが一番いいことかもしれないが、どうしても無理な場合、子どもにとって別の家族を作っていくことも必要ではないか。
  私の知り合いの人は、子どもが生まれた後、しばらくして、里親になった。一人は実子で、一人は里子である。二人の子どもをかわいがって育てているのを見ると、実子と里子になんら違いがないように思えた。
  里親には、知事が委託する公的里親と、当事者間の契約による私的里親がある。日本では、諸外国に比べて里子の数は少ない。乳児院や養護施設に預けられている子どもの数の一割に満たない数しか里子になっていない。施設がよくないというわけではないが、日本ではあまりに施設措置にかたよっているという面がある。
  子どもへの実親からの虐待が問題になっており、カウンセリングなどを通して、「家族の再統合」がなされることは望ましいけれども、他方、子どもを親から引き離すことも必要な場合があるだろう。
  そのときに、施設入所以外にも、もっと里親制度が充実かつ活用されれば、子どもにとっての選択肢が拡大されるといえるのではないか。
  子どもにとっても「新しい家族」である。
  同じようなことは、ドメスティック・バイオレンスにもいえる。法律が施行されて約二カ月。保護命令の申し立ては、四十一件にもなった。家庭の中の暴力に苦しんでいる女性は、本当に少なくないのだ。
  女性たちが、結婚の中でも外でも生きられる社会を私たちが作り出さないかぎり、どんなに暴力を振るわれようと、どんなに辛くても女性たちは家の中で我慢をするだろう。
  「正しい家族」と「正しくない家族」があるというのではなく、離婚をしても女性が生きられる社会、子どもをかかえて食べさせることができる賃金を得ることができる社会を作っていく必要がある。いろんな家族がある、いろんな家族で生きられるということを子どもたちには教えたいと思う。




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