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ハンディキャップは可能性
〈『部落解放』2003年4月号〉
(2003/03/17up)
電話は、グラハム・ベルが耳の聞こえない妻のために「音の聞こえる道具」として作ったものである。タイプライターは、目の見えない人が墨字(点字に対して一般の文字を指す呼び方)を書くための道具として生まれた。ライターは、片手の兵士がたばこに火をつけるためのものとして生まれ、音声認識は、頸椎損傷者のワープロとして開発されたものである。障害者のためのものが実は誰にとっても使いやすいという例は多い。そして、それは市場を広げることでもある。ウォシュレットは、初めは病院のニーズから生まれたけれども、その後どんどん一般家庭に広がっていった。
そんなことを教えてくれたのは、関根千佳さんである。
彼女は、五人の正社員の会社の社長さん。百三十人のハンディキャップのある人たちにパソコンなどを使った仕事を発注している。『「誰でも社会」へ―デジタル時代のユニバーサルデザイン―』(岩波書店)という本もおもしろい本だった。
彼女のすばらしいところは、ハンディキャップをむしろ可能性と考えていることだった。
ハンディキャップがある人のために考えたことが、実は、他の人たち、みんなにとってもいいことだったということはいっぱいある。ハンディキャップのある人にとって住みやすい社会は、たしかに、高齢者にとっても、病気の人にとっても、子どもをかかえた親にとっても、疲れている人にとっても住みやすい社会である。
ハンディキャップのある人たちは、実は、この社会をもっともっと住みやすくするための提言ができる人たちである。
そんなふうに考えることは、ハンディキャップのある人たちの問題を狭く閉じ込めずに、みんなの問題にできて、心広がることであると思う。
私は、六年ぐらい前に、ある首長さんにこう言われた。「福島さん、たった一人の車椅子の子どものために何千万円というお金を使ってエレベーターを小学校に設置することはできないよ」
私は、うまく返答することができなかった。地方財政の厳しさを議論している最中だった。一人の子どものために何千万円も使うことはアンバランスなのだろうか……うーん、しかし、そんなことを言ったら、障害のある子どもは地域の学校に通えないじゃないか……。
今ならこう反論したい。「一人の子どものためにエレベーターを設置するのではなく、みんなのために設置するのだ。病気の人も、妊娠中の先生も、ハンディキャップのある先生も、地元の人もみんな使える。そして、ハンディキャップのある子どもが学校にくることで、他のすべての子どもは、『共に生きる』ということが当たり前になる」
私たちは、多くの場合、ハンディキャップのある子どもと一緒に育たない。ごく自然につき合うことも、さまざまな視点を持つこともできていないのである。なんらかのハンディキャップのある人は、私たちに、欠けている視点、有益な視点を提起してくれる。
そんなことをつらつら考えていると、マイノリティー(少数者)の権利になぜ私自身がこだわってきたのか、少しはわかるような気がしてきた。私は、女性で、男女平等にこだわってきた。そして、私は、「女性であることはものすごくラッキーだった」と思ってきた。この社会が男性社会であるのであれば、「女性」からの視点を提起できるというのはワクワクすることである。この社会で「女性である」ということは、男言葉と女言葉のバイリンガルであるということで、二重の可能性を持ち得るのである。女性であり、子どもをかかえて生き、働くということは、ハンディキャップであるともいえるけれども、逆に、ものすごい視点と可能性を生んでくれる。この社会はどういうところが住みにくいのかということがよくわかり、また、豊かで多様な視点を持つことができるからである。
被差別部落出身であること、外国人であること、先住民族の人間であること、高齢者であること……さまざまなマイノリティーの問題がある。そして、マイノリティーの人間にとって住みやすい社会は、みんなにとって住みやすい社会であると声を大にして言いたいと思う。
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