福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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自民党の「新憲法草案」
〈『部落解放』2006年1月号〉

 

 自民党が「新憲法草案」を発表した。
 こんな憲法改正案が出されることにものすごい危機を感じる。「マイルドだ」という新聞論調もあったけれど、そうだろうか。「新憲法草案」はそもそも憲法といえるだろうか。日本国憲法の許容する「改正」のなかにはいっているだろうか。ターゲット通り、憲法九条が改正され、自衛隊は軍隊となり、海外での武力行使をしていく。基本的人権が制限される。とんでもない中身である。
 まず、第一に、憲法前文の問題点を述べたい。前文には、過去の戦争に対する反省もなければ、政府がふたたび戦争をしないように、主権者を国民と定め、憲法を制定したということが削られている。「二度と戦争をしない」という戦後の日本の出発点がまったくなくなっている。
 そもそも憲法とは何だろうか。
 憲法は、一二一五年、イギリスの貴族がジョン王に対して、マグナカルタを突きつけたことに見られるように、国家権力が暴走しないようにチェックをするものである。国が国民に対して、義務を課し、「説教をたれる」のではなく、憲法は、国民の基本的人権、個人の尊重のために作られたものである。「憲法を守れ」というのは、国民に対して言われるべきものではなく、「国」に対して言われるべきものなのである。
 しかし、自民党案の前文は、「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」と、国民に「愛国心」などの責務をもつようにしている。ここでは、憲法が個人の内面にはいり、一人ひとりの国民を支配するものとなっている。
 自民党案は、国家と個人の関係を一八〇度変えるものである。
 第二に、やはり、最大の問題は、憲法九条である。日本国憲法の「第二章 戦争の放棄」は、「第二章 安全保障」というタイトルに変わっている。
 自民党案は、自衛隊を「自衛軍」とし、「自衛軍」の海外での武力行使を認めている。九条一項は、日本国憲法九条一項のままで、戦争と武力の行使を放棄しているのだから、自民党案は、明確に、一項と二項が矛盾している。また、海外での武力行使ができる場合は、「法律の定めるところにより」と、すべて法律にゆだねている。法律を作ることによって、何だってやれることになるのではないか。
 「九条は無力である」とか「歯止めをかけるために九条を変えるべきだ」という意見がある。しかし、そうだろうか。九条の規範力ということを言いたい。九条があるからこそ、日本の若者は、海外で戦争をしなくてもすんだのである。九条がなければ、自衛隊は米軍とともにイラクで爆弾を落とし、イラクの人を殺していただろう。
 先日、在日米軍基地の再編についての中間報告が出た。自衛隊と米軍が一体となって、アメリカの世界戦略をともに行うための基地再編となっている。米軍の再編と憲法改悪はつながっている。
 自民党案は、軍事裁判所を設置することを規定している。日本の社会に、「軍隊」があることを前提に、法律や制度が大きく変わっていくことになる。
 第三に、基本的人権の制限がある。自民党案は、「常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う」としている。人権と人権がぶつかるときに、どう価値判断するかという緻密な議論を判例は積み重ねてきた。
 「公益及び公の秩序」という概念、もっといえば、非常に抽象的な概念で、人権を外から大きく制限することが起きるのではないか。
 第四に、政教分離の規定を緩やかにし、靖国参拝などを合憲にする意図があると考える。また、「象徴天皇制は、これを維持する」と前文に規定するなど、天皇制を前文に持ってきている。
 第五に、憲法改正手続きを容易にしている。
 「戦争のできる国」と基本的人権の制限はセットで起きる。
 自民党案を見ていると、私たちがいったいどんな社会に住みたいと考えるかがまさに問われていると感じる。日本国憲法をもっと活用して、もっといい社会にしたいと熱烈に思っている。 




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