福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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柳沢発言の意味するもの
〈『部落解放』2007年4月号〉

 

 柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」の発言を聞いた途端に、六〇年前に日本の女性は「私たちは、子どもを産む機械ではない」と決意をしたのに、戦後の六〇年は何だったのかと思った。
 「産む機械」の発言も問題だが、次の発言もさらに問題である。「一五から五〇歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけれど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」と言ったのである。
 厚生労働大臣は、厚生と労働を担当する最高のポストである。雇用を労働法制の規制緩和で壊し、福祉をどんどん切り捨てて、子どもを産んで育てる環境をたたき壊しながら、「一人頭で頑張ってもらうしかない」と女性にがんばりを求めている。「一五から五〇歳」と年を区切って、女性を十把一絡げに、一律に言っていることにも腹が立つ。
 「少子化」は女性のせいなのだろうか。女性ががんばらないから「少子化」になったのだろうか。「正社員はとことん働かせ、非正規社員はとことん安く働かせる」という働く現場で、子どもを産んで育てようと若い人たちが決心できないのは、むしろ当然ではないか。
 その後の「健全」発言に見られるように、「当事者不在」の政策、一人ひとりの生活をまったく見ずに、上から見下ろしている政策というのは、実は、今の政治の政策そのものではないだろうか。
 大企業が豊かになれば、企業が豊かになれば、ひいては個人の生活がよくなるというが、そういう構造になっていない。資本金一〇億円以上の企業の二〇〇一年と二〇〇五年の比較で、株主への配当二・八倍増、役員報酬一・九倍増であるのに対し、従業員人件費はマイナス六・七パーセントである。
 「地方の疲弊」も同様である。「三位一体改革」で、地方は疲弊し、格差も広がっている。
 ところで、今の政治は、「一人ひとりが主人公」という社会をめざすのではなく、「国家のために」「国のために」という視点が強まっているのではないか。
 たとえば、女たちが子どもを産まないと、年金財源が困るといったように。
 一日の労働時間規制をなくす「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」は、今国会への上程はなくなったが、この「残業代不払い法案」「過労死促進法案」は、労働者を二四時間働ける機械と思っているのである。一日の労働時間規制は、自己管理となり、労災認定もむずかしくなっていく。
 子どもたちは、今後、全国学力テストで評価をされる。教育再生会議は、習熟度別指導の導入と学校の外部評価を打ち出した。また、いじめたり暴力を振るう子どもの出席停止も言われている。子どもたちの「品質管理」を国家がより強化していくようにも思える。「出席停止」も、みんなを「害する子ども」と考えられる子どもは「排除」していくとも考えられる。そこでは、一人ひとりの子どもの学力をどう高めていくか、底上げをどうやってはかっていくかという視点はきわめて弱い。
 そして、教育基本法の改悪で、子どもたちには愛国心を教えていく。自民党の新憲法草案は前文で、「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」としており、国民も愛国心を持てとなっている。
 私が日本国憲法が大好きなのは、「一人ひとりが大事だ」「一人ひとりがかけがえのない存在なのだ」という考えに立っているからである。
 これと対極にあるのが自民党新憲法草案だ。「国家」が上から見下ろして、「主体」である国民を「客体」として扱い、一人ひとりの個性や多様性を無視して、操作しようとしているからである。
 国民は主権者であり、国家の「客体」ではない。
 今回の発言で露呈しているのは、今の政治の人間観、世界観であり、実は、日本国憲法と自民党新憲法草案がここで対立しているのである。




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