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中越沖地震と柏崎刈羽原発
〈『部落解放』2007年9月号〉
新潟で地震があった翌日、新潟へ向かった。
家がつぶれていたり、大きく傾いていたり。体育館で、高齢者の人が横たわり、テントで暮らさざるをえない人がいる。そのなかで、きびきび働く職員やボランティアの人たちに救われながら、あらためてあらためて被災の大きさに圧倒される。
そして、柏崎刈羽原発で火災が起きたことも大きなショックだった。原発の視察に出かけた。
敷地内は、道路はデコボコになっていて、大きな亀裂が生じている。放射能を含んだ水漏れがある所にも行ったが、途中、廊下に置いてあるステンレスの棚は大きく傾いている。原子炉のはいっている建屋の壁には亀裂がはいっている。
当初、地震のあった昼間、官邸は、「放射能漏れの事実は確認されていない」と発表した。しかし、その後、放射能漏れがあることやさまざまな被害が生じていることが、少しずつ明らかにされていっている。
私は、この「事件」で、原子力が安全・安心な電力であるという神話が完全に壊れたと考える。「想定外」の地震という表現が使われた。ホリエモンのときも「想定外」という言葉が使われたが、原子力と震災のときに、「想定外」だったと言うことが許されるのだろうか。一歩間違えば、チェルノブイリの事故になりうるのである。
この原発のごく近くに活断層があって、たいへん危険であるということは、三〇年にわたる柏崎刈羽原発裁判の一大争点であった。三年前の中越地震の直後、社民党の近藤正道参議院議員が、政府に対し、「耐震設計審査指針(当時)のマグニチュード六・五の想定は過小評価ではないか」という質問主意書を提出した。政府の答えは、「耐震設計審査指針を見直す必要はない」というものであった。
経産大臣は先日、ようやく「耐震設計について国の審査が甘かった」と述べた。
甘かったのであれば、やり直すべきである。私は、原発の設置許可そのものが違法であり、無効だったと考えている。
とにかく柏崎刈羽原発は、活断層の存在を考慮に入れた新たな耐震対策を施すまで運転は停止すべきである。
ところで、全国の他の原発は安全だろうか。東海地震の震源域の真ん中に建つ静岡県の浜岡原発については、廃炉を検討すべきである。
社民党は、柏崎刈羽原発に二度、調査団を送り、写真を撮影したが、一度目も二度目も「原子炉内に異常は発生していませんね」と質問をした。私自身、所長に対して確認をした。「異常はありません」というのが答えだった。
市民団体の人や専門家とも話をしたが、異常がないということは絶対にないと考えていた。原子炉内は、破壊されているか、傷ついていると。火災も大問題だが、実際はもっと大変なことが起きていると私たちは考えていた。原子炉内の調査を申し入れていたが、現場でも拒否された。
見せたくなかったのである。 原子炉の真上にあるクレーンが破損していたと報道されている。毎日毎日、新たな破損や問題点が明らかになっている。
国の原子力安全・保安院ははいっているのに、なぜ今まで明らかにされてこなかったのだろうか。原子力安全委員会もなぜすぐ明らかにしなかったのか。国もぐるだと言われても仕方ないではないか。
私たちはウソをつかれていたのである。
原子炉内は、問題が生じていないどころではなかったのである。
放射能漏れの点も同じである。私は、放射能を含む水が漏れている現場まで行った。所長は、「午後一時にはこのことを知っていた」と私に答えた。地元の保安院に連絡がいくのが六時ごろ。放射能漏れの事実が外部に発表されるのは、夜の一〇時半ごろである。
JCOの事故のときもそうだが、なぜ住民への広報がこれほどまでに遅れるのか。「隠蔽」としかいいようがない。
「命」が何と軽く扱われているのか。
総点検のために全力をあげていきたい。
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