福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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父から引き継ぐもの
〈『部落解放』2009年2月号〉

 

 父が亡くなった。
 絵にかいたような真面目な銀行員で、子どもをかわいがる、娘から見てもいい父親だった。九州男児で、古風なところもあるが、その分、妻と子どもたちを責任をもって守るという感じだった。
 父は特攻隊の生き残りである。高知県の基地で特訓を受けていた。出撃の日が今日とか明日というときに、滑走路が爆撃を受け、飛行機が飛び立つことができなくなり、終戦を迎えた。八月一五日は、父にとって特別な日だったと思う。八月一五日に父が泣いているのを見たことがある。近寄れない感じだった。あのとき終戦にならなければ、父も私も存在しえなかったかもしれないと思う。
 父によると、たとえばこういうことがあったそうである。夜中、寝ていると、みんながたたき起こされる。「物が盗まれた」と言って、殴る、けるの乱暴を受ける。すると、辛いので、「自分がやりました」と言う人が出てくる。しかし、実は全部ウソで、みんなを試しているのである。「自分がやりました」と苦しさのあまりに言ってしまう人は、特攻隊員として「不適格」としてはずされるそうである。父は、「そんなの、くだらない教育だ」と言っていた。そんなことをして、試して、はじいて、何の役に立つのだろう。
 同窓会に行ったときに、父は、上官だった人に対して「若者たちに死ねと自分は言いながら、なぜあのとき上官は自殺をしなかったのですか」と迫ったという話も聞いた。どこまでも一本気な父である。
 押井守監督の映画「スカイ・クロラ」を私は特別な思いで見た。訓練を受け、戦争をするために空を飛ぶ若者たちの話。そこでの若者と、若いときの父の写真や父がだぶっていく。純粋で一本気な性格は終生変わらなかった。
 私は、父と母それぞれから平和の大切さを心底学んだと思う。平和にならなければ、父も私も存在しなかったのであるから、まさに貴重である。その意味で、私の平和主義は筋金入りだと思いたい。
 安倍元総理が『美しい国へ』という本のなかで、命は大事だが、その命を国のために投げ出すことが大事であるという旨を書いていたのには、ほんとうに怒りを感じた。国家権力が、若者たちに対して、命を投げ出せと言うのである。そのことが大事だと言う政治や社会を絶対につくってはならない。国家権力が、若者たちに対して、命を投げ出せと言う社会がどれだけひどい社会だったか。
 もう一ついうと、私の祖父母はアメリカに移民をしたので、父の兄弟姉妹はアメリカで生まれた。祖父が病死をしたので、祖母は、生まれたばかりの父と父の姉たちを連れて、日本に帰ってきた。祖母はブロークンの英語を話した。「ファツ・タイム」(今、何時?)という感じであった。みんな日本人だが、私は小さいときに戸籍を見て、父親がハワイ州生まれという記述をおもしろく感じたものだ。
 祖父の弟はカリフォルニアにいたが、日系人の強制収容所に送られた。私は会ったことはないが、私のいとこから、アメリカに住む親類のことはよく聞いていた。アメリカに行ったら電話をするようによく言われていたが、会っていない。第二次世界大戦中は、祖父の弟たちは日系人の強制収容所に送られ、海をへだてたこちら日本では、父は特攻隊員かと思うと、歴史のなかで生きてきた、もっというと振り回されて生きてきた家族や親類のことを思う。
 父は地方都市で会社員をしてきた人間で、私の家庭はどっから見ても平凡な家庭であった。しかし、というべきか、だからというべきか、私には引き継ぐものがあると思うのだ。父が声高に言わなかったこと、言えなかったものも含めて、引き継ぐものがあると思う。
 読者のみなさん、お一人おひとりのそれぞれの家族に、それぞれ引き継ぐもの、引き継がなくてはならないものがあるのではないだろうか。戦争の体験、戦争の記憶、働いてきた戦後、今の問題……。高齢者の人、一人ひとりに、じっくり話を聞きたくなっている。




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