福島みずほの人権いろいろ


月刊誌『部落解放』好評連載中コラムを福島みずほさんのご了解を得て、転載いたします。

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祝島の運動
〈『部落解放』2010年11月号〉

 

 今度、山口県の祝島へ行く。祝島の対岸で集会をしたり、街頭演説をしたことはあるけれど、祝島へ行くのは初めてだ。この近くに上関原子力発電所を造るという計画があり、この計画に二八年間、地元の人は反対をしつづけてきて、できなかったのである。しかし、いま急ピッチで建設が進みそうになっている。何とか止めたい。
 鎌仲ひとみさんの「ミツバチの羽音と地球の回転」というドキュメンタリーを見た。これを見て、沖縄の辺野古と一緒だと思った。地元の人の自然と共存した暮らし、地元の人たちの何十年にもわたる長年の反対運動、地域を愛する思い、豊かな自然、稀少動物、そして、反対を押し切って、地元を無視して強行しようとする政治。札ビラで人の横っ面を張って、言うことを聞かせようとする政治と、未来のためにがんばろうとする人々。
 一地域のひとつの課題としてしかとらえられず、なかなか広がっていかない残念さ。辺野古の海は、鳩山政権下の重要な課題として、少しは全国の課題になった。祝島の人たちの運動、もっといえば、青森県の六ヶ所村の核燃料再処理工場、福井県の高速増殖炉もんじゅ……、何としても止めたいし、多くの人と力を合わせたい。
 前述した「ミツバチの羽音と地球の回転」のドキュメントのなかで、私がいちばんショックだったのは、海上で、電力会社の側と、建設をさせない漁民たち、おかあちゃんたちが船と船で対峙をしているときの電力会社の人のセリフである。
 電力会社の人は「第一次産業だけでは、祝島はどんどん人口が減っていっています。原子力発電所を受け入れてください」と言った。私は、この言葉にいちばん怒りを感じた。島の人たちの生活をどう考えているのか。これは、祝島だけではなく、第一次産業に従事している人への侮辱ではないか。過疎地になったり、人口が減りつつあることに、いちばん心を痛めているのは、その地域の人たちである。「どうしたらいいだろうか」と悩んでいる。「その弱みにつけ込んで」と怒りを感じた。
 ところで、こちら側の船の人、陸の人たちも負けてはいない。「いままでうそばかりついてきたではないか」と言い返す。
 このドキュメンタリーがすばらしいのは、日常の、そしてお祭りなどの島の情景が、豊かに生き生きと描かれていることである。
 三二歳の男性は、この祝島の出身。そしてここ祝島に生きることを選んだ。妻と小さな子どもと暮らしている。ひじきをとり、豚を飼い、びわを作り、たしか稲作もしている。このドキュメンタリーのもうひとつの主人公は、ひじきと豚とびわと米と鯛である。魚をとる漁師たちも描かれている。
 祝島で生きることを選び、作物を育て、豚を飼い、鯛をどう売ろうかと考える三二歳。料理を作り、子どもをかわいがり、そして、お祭りのときは、白塗りにメーキャップをして、ハッスルする。この島には、昔からのお祭りがあるのだ。このときばかりは、原子力発電所賛成派、反対派も関係なく、お祭りが成功するよう力を合わせる。
 島を愛して、子どもをかわいがって生きる日常生活が描かれているので、「上関原子力発電所を建てて、ここで生活できないようにはしてくれるな」という思いが深く伝わってくる。電力会社の人は言う。「原子力発電所が建っても、漁業には何の影響もありません」と。それに対して、島の人が言う。「うそだ。影響がないんだったら、なぜ漁業の補償をするのだ」と。漁師たちは、五〇〇〇万円の漁業の補償を受け取ることを拒否し、がんばっている。
 このドキュメンタリーは、スウェーデンの状況も紹介している。自然エネルギーが促進され、自分で作ったその自然エネルギーを送電線を使って売れるのである。電力の自由化。日本の政治を、もっともっと変えるべきだと痛感する。
 民主主義というのは、もっと地元の人の意見が反映される仕組みである。辺野古と祝島はつながっている。それぞれが一地域だけの問題ではないのである。私はそこに希望を見ている。




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