| イラクの人質問題にとりくんで
〈『部落解放』2004年6月号〉
(2004/05/20up)
イラクの人質の問題では、多くの人たちと一緒に緊迫した日々を送った。今井さんは、劣化ウラン弾廃絶にとりくんできた人であり、私も面識がある。そこで、「何とかしなくっちゃ。釈放されるためには、何でもやろう」と必死だった。
カタール衛星放送アルジャジーラに対して、社民党党首福島みずほ名で、二度メッセージを送った。「彼らは、イラクの人たち、とりわけ子どもたちのために働いてきました。彼らは、イラク及びイラクの人たちを愛している。彼らは、釈放されるべきだし、殺されるべきではない。日本にもアメリカのイラクへの武力攻撃と米英軍の占領、日本の自衛隊のイラクへの派兵に反対している人がいることを知ってほしい。私たちは、イラクからの自衛隊の撤退を求めている」というものである。これらのメッセージは、アルジャジーラ・ネットに掲載された。また、NGOの人たちと一緒に、私個人も英文のメッセージを送った。
多くのNGOや人々が動き、家族の人たちのメッセージも大きかったと思う。
日本政府が今回、何を行ったかは、情報公開されていないし、わからない。
そして、私は、今回の釈放は人々の力(ピープルズ・パワー)の勝利だと考える。
いくつものNGOが動き、NGOこそが、イラクのなかの人脈を持っていた。結局は、そこを通じての説得がきいたと言われている。
私は、イスラムのメディアに情報を発信するなかで、平和と信頼のメッセージをダイレクト(直接)に発信できることはすばらしいと思った。国と国とが対立していても、人々から人々へ直接、平和と信頼のメッセージ、私たちはあなたたちの敵ではなく、ともに生きることを望んでいるというメッセージを送れることは、すばらしい。
テロや戦争をなくすためには、その根本原因である貧困や不公平、不正義をなくしていくこと、そして、人々と人々とが、平和と信頼のメッセージを発しつづけ、テロや戦争をなくすために努力しつづけることしかない。戦争や武力が何ものも解決しないばかりか、状況を泥沼化していくことは、何よりもイラクでのアメリカの武力攻撃が物語っているではないか。
今回、いろんな人たちとあらためて確認しあい、私自身、確信を実感としてより深めたことがある。それは、「平和憲法があって良かった」ということである。「私たちは、平和を愛する人々である」とはっきりと直接にメッセージを送ることができるのは、日本が、平和憲法を持ち、戦後、戦争によって一人も殺してはこなかったからである。平和憲法を変えてしまったら、このようなメッセージを届けることは、困難になってしまう。
人質の人たちが釈放された夜、私は、NGOの人たちとビールで乾杯をした。「とにかく良かった」と。
ところで、その後、「自己責任論」が出てきて、彼らに対するバッシングが起き、怒りを感じている。NGOの活動やジャーナリストの活動がしにくくなるのではないかと大きな危惧を持つ。
まず、第一に、NGOの人たちは、湾岸戦争以降、イラクで、医療や給水、劣化ウラン弾の問題について活動をしてきた。NGOやジャーナリストの活動があったからこそ、私たちは、たとえば、劣化ウラン弾の被害について知ることができたのである。NGOなどの活動をよりしにくくし、危険にしたのは、イラクへの自衛隊の派兵である。
第二に、中立的で平和的なNGOの活動こそ、人々によって支持され、有益なことである。
第三に、「勝手に行くな」ということであれば、その地域は「密室化」してしまう。「お上」にさからわない情報しか流通しなくなってしまう。
いま都教委によって、「日の丸・君が代」について多くの先生たちの処分がなされた。大問題である。「勝手にやって」「秩序を乱した」「言うことをきかない」と処分された。「お上」によって、人々の思想・良心の自由や活動が圧殺されていく時代になっていっているのではないか。「自己責任論」のバッシングも、国の言いなりにならない人間は許さないというあらわれである。
【『部落解放』2004年6月号(535号)、解放出版社発行】
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