コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2002/03/14up)




◆個人情報保護法の根底にあるもの◆
〈『部落解放』2001年10月号掲載〉

宮崎 学

 「人権を守る」、「プライバシーを守る」という大義名分のもと、三つの法律がつくられようとしている。個人情報保護法(秋の臨時国会で継続審議予定)と、青少年社会環境対策基本法(上程の時期は未定、法案化されていない)、そして人権委員会設置法(来年の通常国会で審議予定だが、これも法案化されていない)である。それぞれに問題があるのだが、本稿では、個人情報保護法について述べてみたい。
  当初、私は「この法律は表現の自由を侵すものだ。取材や意見表明ができなくなったら、作家としての活動が成り立たなくなる」と危機感を持った。つまり物書きとしての素朴な問題意識である。しかし、実際に法案を作成した官僚と話し合うなど、反対運動を進めていくうちに、もっと大きな問題があることに気づいた。
  官僚は、国内の電磁的情報すべてを管理するつもりである。盗聴法、日の丸・君が代法制化などにも共通する国民統制であり、強烈な支配意識のあらわれである。
  今や、インターネットは社会の中で奔流となった。人為的な制御はきかない状態にある。そこをなんとか管理・支配したいと思うのは、官僚ならば当然であろうが、もう流れは誰にも止められない。ネット上には玉石混淆の情報があふれており、国家の強権的な介入によって石だけを取り除くという視点には、明治維新以降、官僚が抱いてきた「異質なもの」に対する深い差別意識がある。この点を見ないかぎり、問題は解決しない。
  そして、同法の最大の問題点は、「個人の情報は保護されない」ということである。プライバシーが侵害される「情報」の出所はまず第一に自治体、電話局、税務署など官僚、行政組織である。ところが同法では二次的、三次的に情報を扱う者のみが対象になるのだ。「元」を断たないと意味がないではないか。また、同法で問題になるようなことはほとんどが個人同士、“民民間”のトラブルであり、国家が干渉すべきことではない。市民的自治に委ねるべきものと私は考える。
  官僚は、この種の法律の制定にあたっては、人権に関する運動体に意見を求めることが多い。たしかに同法は苦情処理の制度を規定しており、(人権侵害にあった場合の)緊急避難的なシェルター(的制度)としての役割はあると思うが、それは結局はアリバイづくりにすぎないのではないか。問題点はどこにあるのかを見据えなければならないのだ。
  一九一八(大正七)年の米騒動の直後、九月十四日付の『紀伊毎日新聞』に掲載された「俺等は穢多だ、特殊民だ……政治家だとか社会改良家だとかいふえらい人達が今更のやうに『特殊部落教化問題』とか何とかいって、俺等の身の上を心配し出してくれるのは有難いことだ、有難いには相違ないが……こんな人達のしてくれることは俺等にとっては、まるでよそ事に過ぎないのは残念な話だ」とする投書に対し、「俺も穢多だ」という投書が続いた。それには「社会政策も何もいらない、たゞ俺等に向って『おい兄弟よ』と一言よんでくれ」とあった。シェルターの機能を軽視するわけではないが、意識としてはこの当時と変わっていない、あるいはもっとひどくなっているのではないか。民衆の、そして官僚の中の差別意識の改革こそが求められてきたのに、シェルターだけがあることで、改革の方向が見えなくなっているように思えてならない。
  このような官僚の差別意識との対決を内部に含みつつ、闘ってゆきたいと思う。部落解放同盟のみなさんにも連帯を呼びかけたい。(みやざき・まなぶ/作家)
※宮崎学webサイト「電脳キツネ目組」


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