コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2002/03/14up)




◆新たな戦争の世紀へ◆

〈『部落解放』2002年01月号掲載〉

目取真俊

 十一月の中旬、夜の辺野古の街を歩いた。二、三日前に、普天間基地「移設」という名目で進められている海上基地建設の場所と工法をめぐって行政委員会が開かれ、県内外から二十人ほどの報道陣が訪れて緊迫した雰囲気があったコミュニティーセンターやその周辺の歓楽街は歩く人もなく、晩秋の風が冷たい。坂を上がって街の中を歩くと、建ち並ぶスナックで開いているのは半数もない。ペンキの剥げた壁の横文字。降りたまま錆びていくシャッター。まばらに灯りのともった店からは、英語のカラオケが聞こえてくる。大声で話しながら通りを歩く米兵のグループとすれ違ったのも二回だけ。軽食を売っている店の前に座り、ヤキソバやチーズバーガーを待っている兵隊たちはみな二十歳前後だ。夜なのにカウボーイハットをかぶり、うつむいて注文の品を待っている白人の若者。幅の広いジーンズをはいて立ったまま話し続けている黒人の若者。意外と小柄で、筋肉もまだ十分についていない彼らも、これから海兵隊の兵士として鍛えあげられていくのだろう。
  ヤキソバをほおばりながら彼らが帰っていくキャンプ・シュワブのゲート前では、二十四時間態勢で日本の警察が警備をしている。赤いライトを点灯した装甲車が陣取り、ライフル銃を肩にかけた米兵と日本の警察官が、民間地域を睨んで立哨している。9・11の自爆攻撃以来、四百人以上の警察官が「本土」から動員され、沖縄の米軍基地の警備にあたっている。海を渡ってやってきた米国の兵士と日本の警察が守るのはいったい何なのか。
  二十一世紀の最初の年である昨年も、沖縄は基地問題から逃れることはできなかった。いや、むしろ問題はさらに深刻になりつつある。年明けから相次いだ米兵によるわいせつ事件、放火、傷害、窃盗、偽ドル札使用etc。この二、三年、沖縄版自公連立体制の威力で県内の各自治体の首長選挙で保守が連勝し、基地受け入れ容認の雰囲気が広がっていった。そういう沖縄の変化を感じとって「よき隣人」政策を取るまでもないと思ったのか、在沖米軍のトップである四軍調整官の「県知事はばかで腰抜け」という発言まで飛び出した。県議会や各自治体の議会で海兵隊への抗議決議が相次いだのを見てさすがにまずいと思ったのか、しばらくは大きな米兵犯罪も起きなくなった。
  その間にNHKの朝の連続ドラマ「ちゅらさん」ブームが起こる。ひたすら明るくお人好しでおっちょこちょいの沖縄ねーねーが主人公で、沖縄男は酒好きで怠け者で頼りなく、沖縄女は働き者でたくましく霊感があり、出てくるウチナーンチューもヤマトゥンチューもひたすら善人であたたかい。「癒し系」といわれたこのドラマのおかげで観光客も増え、反基地運動も低迷しているし、浦添市、那覇市と主要な首長選挙も保守が連勝して、那覇軍港や普天間基地の「県内移設」も順調に進むと、県も日本政府もタカをくくっていたのかもしれない。
  そこに発生したのが9・11のアメリカ中枢部に対する自爆攻撃だ。沖縄の米軍基地は即座に最高度の厳戒態勢に入り、陸軍特殊部隊グリーンベレーや輸送機が出動していく。好調に見えた観光は、キャンセルが相次いで一転して危機に陥る。九月の完全失業率が九・四パーセントという深刻な状況に、観光業の危機が加わり、「経済の稲嶺」という知事の看板も崩れ落ちた。順調に進むように見えた普天間基地の「移設」も、場所や工法の選定が具体的になるにつれて不安が広がり、辺野古区の行政委員会も動揺をきたしている。高まる不安と不満を解決する目途もつけきれないまま、新たな「戦争の世紀」へ日本も沖縄も一歩を踏み出している。
(めどるま・しゅん/小説家)


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