コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2002/03/14up)




◆百年の計◆

〈『部落解放』2002年02月号掲載〉

ジェームス三木

 アフガニスタン難民の姿をテレビで見て、これは私が子どものころ、肉眼で見た光景と同じだと思った。私は旧・満州奉天(瀋陽)からの引揚者である。大東亜共栄圏をめざした大日本帝国は、大陸侵攻の足場として、満州国という傀儡国家を強引に樹立するため、百万人の日本人を送り込んだ。太平洋戦争の敗北で、その百万人は難民となり、戦乱と飢えと寒さで二十万人が死んだ。残留孤児の悲劇もこのとき発生した。
  戦争に負けたのだから仕方がない、といえばそれまでだが、子ども心に受けた衝撃のひとつは、国家はいざというとき国民を守らない、ということだった。突如参戦を表明したソ連軍が、ソ満国境を越えて進入してきたとき、頼みの関東軍は一般庶民を置きざりにし、本営もろとも後方へ撤退していた。高級軍人の家族や、国策会社の上層部は真っ先に帰国していた。国民には国を守れといいながら、国がまず守ったのは、こうした特権階級だったのである。満州でも沖縄でも、軍は足手まといの女性や子どもを、自決させたり殺したりした。
  国土を蹂躙されたことのある国民は、国家が国民を守らない事実を思い知らされている。ヒットラーは国民を守ったか。フセインは国民を守ったか。タリバン政権は国民を守ったか。敗戦直後の日本政府も、国体護持といって天皇制を守り、旧支配階級を守ろうとした。憲法改正に当たっても、明治憲法の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」を「日本国ハ君主国トス」と変えただけで、国民の人権などは、ほとんど配慮しなかった。
  日本を占領した米軍は、ポツダム宣言の内容に則して軍閥や財閥や国家神道から日本国民を解放し、民主主義国家を建設するつもりであったから、根本的な構造改革をどしどし進めた。日本政府が作った憲法改正案も、自由と民主主義の理念が欠落していると一蹴し、GHQ(占領軍総司令部)が作った憲法のモデル案を日本政府案として発表するよう強制した。
  GHQのモデル案は、「主権在民」「戦争の放棄」「基本的人権」が三本柱になっていた。日本政府は強硬に抵抗するが、戦犯指名や公職追放、食料援助の制限など、脅しの手段を持つGHQにはかなわない。しぶしぶ政府案として発表したが、これが大多数の国民に熱狂的な歓迎を受け、国会の審議でもさしたる反論なしに通過したのである。
  現行の日本国憲法を、アメリカの押しつけだという人がいる。私はそのとおりだと思う。しかし、日本政府の自主憲法案は封建的な明治憲法を一歩も出ていなかった。大宝律令は中国の真似だし、明治憲法はドイツの帝政憲法がモデルである。日本の近代システムは、ほとんど外国からの輸入なのだ。たった一週間でモデル案を作成したGHQ民政局は、世界中の憲法をかき集めていいとこ取りをしている。作者がいるとすれば、それは歴史の英知であるといえよう。この憲法を押しつけというなら、民主主義も押しつけといわねばならない。
  憲法は国家権力の暴走を縛る縄である。国家がやってはならないことを明記しているのだから、権力側が改正をいいだすのは、窮屈な縄を解いてくれというに等しい。自衛隊ができたから憲法を変えるというのは、「できちゃった結婚」と同じだ。戦争の放棄をうたった日本国憲法は、この五十六年間、一度も戦争を起こしていない。戦争ではひとりも外国人を殺していない。もしこれが百年つづけば、日本は必ず世界の称賛を受けるだろう。
(じぇーむす・みき/脚本家)
※ジェームス三木事務所 http://homepage2.nifty.com/jeimusumiki/


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