コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2002/03/20up)




◆釜ヶ崎は真冬でも温かい◆

〈『部落解放』2002年04月号掲載〉

水野阿修羅

 先頃、大阪大学で「釜ヶ崎と野宿者について」講義する機会を与えてもらった。ワークショップ形式で、ということだったので、学生にアンケートする形式をとった。「あなたは時間管理が得意か、苦手か。他人が(時間を)守らないとどう思うか。自分の部屋がちらかっているのをどう思うか。街がゴミだらけだとどう思うか。臭いが気になるか。どんな臭いが嫌いか」などなど。
  時間を管理するのが苦手な人は六七%。他人が時間を守らないことを許せない人は六〇%。自分の部屋がちらかっていることが気になる人は五〇%。街がゴミだらけだと気になる人は七九%。臭いを気にする人は九一%。キチンとさん、ケッペキさん、嫌臭さんが多かった。自分には甘く、他人や公共的なことには厳しいのもみえる。
  二〇〇一年十二月二十五日から、二〇〇二年一月十日まで釜ヶ崎(大阪市西成区)で行われた、第32回越冬闘争の医療パトロールのなかで、私は三人の死者と出会った。ひとりは路上で座ったまま。ひとりは倒れていた。ひとりは路上に布団を敷いて、その中で。同時期に大阪市の設置した緊急保護施設には二千人を超す人が入ったが、彼ら三人はそこには入らなかった。たどりつけなかったのかもしれない。拒否したのかもしれない。
  かつて釜ヶ崎は全国の失業者の受け皿だった。この街に来れば、なんらかの仕事と住まいを見つけることができた。日雇い仕事と簡易旅館があった。産業の合理化は日雇い労働をなくした。代わってフリーターと呼ばれる「日雇い」が出現したが、彼らは釜ヶ崎にはまだ来ない。仕事のない高齢日雇い労働者は「野宿者」となった。泊まり手を失った簡易旅館は「福祉マンション」と名を変え、「生活保護受給者」の住まいとなった。だが、それは六十五歳以上か、病気を持っている人に限られる。この条件にあてはまらない人びとは野宿せざるをえない。
 
この街は日本の中の「第三世界」だ。もともと、この街にやって来る人たちは、生きるのがヘタな人が多い。人と競争するのがイヤな人。逆に、人と仲良くするのが苦手な人。いろんな人がいる。
  「資本主義」にうまくマッチするためには、「時間管理が得意」で、「清潔」であることが要求される。時間管理に寛容であったり、汚さに寛容である人は資本主義的競争に勝利できない。「第三世界」に共通するのは、「キチンと」「ケッペキに」なることのできないこと、ではないかと私は思う。「キチンと」「ケッペキに」は人間をロボット化する。感情を奪い、臭いを嫌う。合理的ではあるが、「人間性」を失う――。「普通の子」が突然キレるという。でも私からみると、「人間」になろうとしてもがいているようにみえる。「キチンとさん」や「ケッペキさん」は無味無臭であるが、「冷たい」感じを受けるのは私だけだろうか。釜ヶ崎に来る人びとは、「キチンとさん」や「ケッペキさん」は少ない。しかし、私には「温かさ」や「人間臭さ」を感じさせる。
 4 キチンとした街、ケッペキな街には野宿しにくい。しかし、野宿をせざるをえない人びとは増える一方だ。彼らは釜ヶ崎に来るか、公園や路上で寝るか、しかない。釜ヶ崎の冬は、他と一緒で自然条件は厳しい。だけど、「炊き出し」はあるし、「夜廻り」もある。汚さや臭さにも「寛容」だ。そのため、この街によそからゴミを捨てにくる不届き者もいるが、「自警団」を作って「監視」という名の「排除」をしようとはしない。少々汚くても(あんまりひどいのは困るが)、臭くても、「寛容」なこの街が“温かい”と私は思う。
(みずの・あしゅら/NPO釜ヶ崎支援機構 現場スタッフ)


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