コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2002/05/01up)




◆医療におけるマイノリティ◆

〈『部落解放』2002年05月号掲載〉

中久木康一

 日本には国民皆保険制度があり、一見だれしもが健康を回復・維持する権利を平等に持っているように思われるが、実際は医療においてもマイノリティは存在する。さらに、介護保険の導入や今回の健康保険法の改正は、マイノリティを増やしている。
  健康保険があってもマイノリティが存在するのはなぜだろうか。ある老人ホームでは、医師会から派遣を受けた医師はすでに「隠居」しており、どちらかというと利用者に近かった。法人格を持たず、細々と続けている私設の障害者施設では、公的サポートも少ないが健診を自己実施する資金もない。視覚障害者の個人宅に「健診のお知らせ」が葉書で届いたが、読んでもらったときにはすでに終わっていたという話もある。景気が後退し、法的に義務化されていない健診は削られ、生まれて以来続いてきた他力本願の健康管理システムから一方的に捨てられた人も多い。
  一方、健康保険を持たない人たちも存在する。高度経済成長以降、滞在ビザを持たない在日外国人が増え、その多くは健康保険を持たない。日本人であっても、掛け金を払わなければ健康保険は使えない。日雇い労働者は、病院に行けばその日は仕事ができず、病気が知られれば仕事を廻してもらえなくなる。就労時の健診にひっかかるので、日雇い作業さえ門前払いされる。そのうち貯金も底をつくが失業保険が出るわけでもなく、野宿生活へと移行していく者も少なくない。食事もまともに食べられず、睡眠もろくにとれず、寒空の下そんな生活を続けていれば、当然体も悲鳴をあげる。しかし、保険証も、免許証も、住民票さえも、もはや無くしてしまっている。
  そんな人たちが病院に行くためには、福祉事務所での手続きに臨むことになる。生活保護を適用してもらえる場合はごく少数で、何らかの理由をつけて断られる。運良く医療単給(医療扶助のみの支給)で病院に行けても、事情を知らない医師は「入院の必要なし」と判断し、公園で野宿しながら通院するも一向によくならない。改善する環境がないから病院に来ているのに、「病気ではなく栄養不良なので入院の必要はない」と言われる。救急隊が受け入れ病院を探しても、なぜかどこの病院もベッドは埋まっており、当直の若いバイトの医師に「まだ若いから大丈夫」と言われて公園に帰ってくる。診断は「軽作業可」と出るが、現場の仕事しか知らない者にとって、それは「就労不可」に限りなく近い。
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  「なぜこのようなことをしているのですか?」とたびたび聞かれる。自分を振り返って考えてみる。大義名分では、人権を迫害されている集団への援助であり、平等な権利の獲得だが、忙しくても、辛くても、自分をその場に駆り立てるものはなんだろうか。
  野宿の人の中には、社会に適応できずに嫌われたりする人もいるが、すごく面倒見がよく暖かい人も多い。「いつも悪いねえ」と言って、何日も賞味期限の切れた揚げパンや、大皿てんこ盛りのトンカツを持ってきてくれたりする。どこかで貰ってきたのだろうが、そんな生活の中で僕だったらそこまで人に優しくできるだろうか。久々に仕事が入ったら、ご近所さんにも飯や酒を振る舞って、宵越しの金なんて持たない「江戸っ子」もいる。公園の片隅で秋刀魚を七輪で焼いているところに「いい匂いっすね」と声を掛けたら、秋刀魚を無造作に一尾差し出された。秋刀魚もうまかったが、その心意気が何よりも嬉しかった。
  この殺伐とした社会の中で、暖かい心の触れ合いがそこにはある。
(なかくき・こういち/新宿連絡会医療班・東京医科歯科大学顎顔面外科)
〔プロフィール〕1972年生まれ。東京医科歯科大学顎顔面外科在籍。新宿連絡会での野宿者や、国際保健協力市民の会での在日外国人をはじめ、高齢者や障害者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。

新宿連絡会 http://www.tokyohomeless.com/
SHARE(国際保健協力市民の会) http://www.ne.jp/asahi/share/health/


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