|
◆住基ネットは誰のため? IT管理社会の到来◆
〈『部落解放』2002年10月号掲載〉
白石 孝
杉並区長、国分寺市長、福島県矢祭町長など自治体首長が住民基本台帳ネットワークシステム(以下、住基ネット)に参加しないと表明することを総務省はおそらく想定していなかったと思われる。
住基ネットはそもそも「国民登録制度」として制度化しなければならない性格のものである。それが策定過程で自治省官僚によって住民基本台帳法の「改正」案とされ、「地方自治体による共同のネットワーク」としたことが破綻の始まりであった。マスコミや反対勢力を黙らせるために「国家による国民管理」という形を避けるように策を弄したつもりだったのか、一九九四年、自治省に研究会が設置された時からボタンはかけ違っていた。
住民基本台帳法はその第三条一項で市町村長に「住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずる」ことを求めている。一九九九年八月十二日に成立した同法附則第一条二項の「この法律の施行に当たっては、政府は、個人情報の保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする」ことは当然だが、それ以前の問題として住基事務は市町村長に責任があり、だからこそ何人かの首長が「不参加」を決断した。国からの圧力を突き破った首長は、たとえ不十分な姿勢や考え方であったとしても「すごい」。
世界に目を転じれば、背番号制度を導入している国で「地方政府」が付番機関になっていることは考えられない。なぜなら、全国民強制付番は国家が国民を管理するための制度だからだ。もちろん、管理の中身はいろいろで、北欧のように高福祉高負担を国の基本に置いているがためのものもあるので、管理がすべて悪いとは一概には言えないが。
とりあえず国民管理制度の是非は問わず、国の形という観点からだけ論じても「国民登録制度」でなければ、矛盾が生じる。八月五日を巡る攻防の原因はここにあった。総務省、そして与党は今からでも住基ネットを白紙に戻し、正々堂々と「国民登録制度」の内容と是非を広く世に問うべきではないか。住基ネットへの賛否がねじれている「不可思議な現象」、つまり保守派から反対論が沸き起こり、革新系とりわけ労働団体がホンネでは推進というのも、国家が国民をどのように管理していくかの問題、という見方をすれば納得がいく。
私たちが強く反対しているのは「全国民強制付番」の制度だからだ。総務省は利用限定を繰り返し強調しているが、この番号制度は本質的に拡張する性格を持っている。近い将来、納税者番号制度が導入され、住民票コードを転用したら、その段階で一気に「国民総背番号=共通番号制度」へと発展することは間違いない。さらに、技術革新によるIT社会の到来が、不可能を可能にしつつある。とりわけICカードと生体認証=バイオメトリックスが将来の社会を大きく左右することになるだろう。昨年九月十一日以降の世界は、ブッシュを中心とし「国家と社会の安全を最優先」した体制を築いている。個人情報の収集・加工・利用と個人の管理・監視は確実に強まる。
利便性と安全を否定する人はそういない。そこに付け入って、IT社会は個人を電子の網の中に囲い込んでいく。高機能ICカード一枚に個人情報を大量集積し、一方で指紋だけでなく、監視カメラや携帯電話で個人そのものを特定、あるいは移動を把握していくことはすでにたやすいことだ。
住基ネットはそんな新たな二十一世紀の幕開けを告げることになる。(しらいし・たかし/プライバシー・アクション代表)
※住基ネットの8月5日実施を許さない実行委員会 http://www1.jca.apc.org/juki85/
|