コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2003/06/18up)




◆ 「石原慎太郎」という選択の意味するもの◆

〈『部落解放』2003年7月号掲載〉

本多勝一

 「石原慎太郎」といった氏名の人体を今ごろ論ずる気は、もうありません。この卑劣で臆病で嫉妬深い男の体質を三十数年も前に知って、そのことを最初に書いたのは一九七五年でした(註1)。以後の石原はその際の指摘どおりの人生をつづけています。二年後の一九七七年に書いた「小心な男としての石原慎太郎氏(註2)」から、最後の部分を引用しましょう。
  「環境庁長官になってからは、それまで限界つきながら一定ていどの役割を果たしていた公害への規制を後退させたり、庁舎に厳しい検問体制をしいたり、(中略)『朝日ジャーナル』の一九七七年四月二九日号は、編集部の取材記事として、『その周辺で囁かれる人物評』が『女みたいですねえ』だと書いている(中略)が、やはり『女みたい』では女性に失礼なことだ。(中略)この小心な男は、私たちの世代の恥を延々とさらしつづけてくれている。」
  そのような人体の特徴をまとめた最近の拙文は、四年前に彼が東京都知事選に出たとき『週刊金曜日』のコラムで書きましたが、それに加筆した一文は拙書『石原慎太郎の人生』(「貧困なる精神・N集」/朝日新聞社)に収録されています。そこでは@卑劣さ(臆病の裏返し)A嫉妬深さBウソつき――の三大特徴について、実例をあげて紹介しました。
  そして今春の東京都知事選です。有力な対抗馬もないまま、投票率も有権者の半分にさえ達しないままながら、ジャーナリズムならぬマスコミ(情報商売)の報ずる「石原氏の圧勝」によって再選されました。極右集団・青嵐会に所属したこの人体を「圧勝」させる東京都民。問題の本質はすでに明らかです。石原個人はどうでもよろしい。昔からの正体が変わってはいない。となれば、そんな人体に大量投票した都民、この恥ずかしい民度こそ論じられるべきでしょう。
  政治学者の山口二郎氏は、今の長野県知事や前三重県知事・鳥取県知事・前徳島県知事が出てきた背景を論じたあと、それらに比べて次のように語っています。
  「逆に東京なんか一番遅れているんじゃないですか」「ああいう差別主義者が知事を務めることを平然と許容しているのはとんでもない話です。既成政党への不満とか、無党派層の台頭が一つ間違うとこんなことになる」。
  なにしろ「有害ババア発言」等々で女性差別がいくら明々白々でも、この小心な男にあこがれて投票する女性が大量にいるのですからね。何ですか、この民度はいったい。もう日本社会の分析だのといった社会学や政治学の対象ではなく、心理学か文化人類学の対象でしょう。
  そう。日本と日本人を考えるとき、論理だの倫理だのといった「高度」(?)な尺度は無意味です。したがって差別問題のような分野も、いくら形式ばかり“近代化”してカタチの上では無くしたつもりでも、実質はなかなか変わりません。だから東京都の低い民度にしても、ことによると全国の民度の象徴の可能性もあると心配しています。シンタローを総理にする運動のRUBY=うわさ噂/RUBYさえあるのですから。  となると、もう「心理学か文化人類学」どころか、自然人類学としての遺伝学の対象かもしれませんよ。日本人の遺伝子には「消極性」型が多いので(註3)、論理や倫理を貫くことなど先天的に不得意らしいのです。シンタローごときがのさばるにはいい国ですね。  
(ほんだ・かついち/ジャーナリスト)

註1) 本多勝一『愛国者と売国者』(朝日新聞社/1997年)収録の「石原慎太郎という小説家の体質」(初出は『潮』1975年4月号)。
註2) 註1と同書に収録。初出は『潮』1978年1月号。書いたのは77年11月。
註3) 香川靖雄『生活習慣病を防ぐ』(岩波新書・184頁)参照。また『アエラ』2002年1月28日号の「〈みんなで勝つ〉遺伝子――日本7割で米国2割」も参考になる。

『月刊あれこれ』  http://www.arekore.co.jp/

『週刊金曜日』  http://www.kinyobi.co.jp/


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600