コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2003/08/19up)




◆ 内向き国家に君臨する「からっぽ」の男 その後の「空疎な小皇帝」◆

〈『部落解放』2003年9月号掲載〉

斎藤貴男

 相変わらず呆れさせてくれる。石原慎太郎・東京都知事のことだ。彼はさる七月十七日、自民党本部での党治安強化小委員会で講演し、大要こんなふうに語ったのだった。
  「日本の治安悪化の最大の理由は不法滞在、不法入国の外国人です。パーセンテージで多いのは支那人だ。支那というのはもともと尊称であって悪い言葉ではない。堂々と支那という言葉をお使いいただいて結構です」「不法入国している支那人の子どもを、同じく不法入国の支那人が誘拐していたりする。警察が一番憂慮しているのは、日本の要人の子弟を(不法入国の外国人が)誘拐する事件が起きるのではないかということです」「(罪をおかした外国人を)捕まえても、変な人権派の弁護士が来たり通訳が必要だったりする。(本国へ)送り返す費用はODA(途上国援助)から削ったらいい」(『朝日新聞』七月二十二日付より)
  いいかげんにしてもらいたい。私は別に中国への義理など何もないけれど、かりそめにも都知事を名乗る立場たるもの、少しは理性的な物言いができないものか。
  どんな民族にだって、立派なのも、悪いのもいる。それを、まるで中国人イコール犯罪者だとでも言いたげに、しかも彼らが忌み嫌う“支那人”を連発して決めつけるとは。
  支邦人なる呼び方を一番初めに用いた人が本当はどう思っていたのかなどわかりっこないし、第一どうでもいい。わざわざ喧嘩を売るつもりでもない限り、相手が憎悪する表現を使う必要など、どこにもないのだ。“JAP”は親しみの表現だったのに、とでもアメリカ人に言われた場合を考えてみたらよい。
  度しがたい差別主義者を、しかしだからこそかえって、圧倒的多数の人々が支持しているらしい悪夢。今、この国の社会は、とてつもなく無惨である。
  筆者はこの石原慎太郎都知事について取材し論評したルポルタージュ『空疎な小皇帝――「石原慎太郎」という問題』をまとめ、さる三月に岩波書店から出版した者である。売れ行きはまずまずで、幸い講談社ノンフィクション賞の最終候補にも残ることができた(決定は九月上旬)のは嬉しいのだけれど、実は取材していた頃の精神的ショックから、今なお立ち直ることができていない。
  相手は中国人に限らなかった。朝鮮人も台湾人も女性も障害者も、要は自分以外の何もかも、彼は徹底的に見下していた。
  気に入らない他者に対する差別感情というのは、ひとり石原知事だけの専売特許ではない。私自身を含めて、人間は未だに、多様で独立した個を傲慢にも十把一絡げにして貶めたがる意識から解放されていないと承知している。それだけに剥き出しの存在を見せつけられると、人間であることが恥ずかしくてたまらなくなった。
  ある大手メディアの記者が私に著者インタビューをしてくれて、しかし上の意向とかで没にされた。外部のライターが書いた本を紹介する程度のことでさえも、その社は報復を恐れたのである。
  私は怒れなかった。知事ともあろう公人が、たかが書評欄の記事に介入し、職権を濫用するようなことにでもなれば、笑われるのは当の本人だ、というのがこれまでの常識だった。が、今は違うかもしれない。ジャーナリズムを否定する知事を人々が支持するような光景を万が一にも見せつけられずに済んだだけ、私はその腰抜けメディアに感謝したい心境にさえなってしまった。
  つくづく馬鹿馬鹿しい。時代よ、早く過ぎ去ってくれ。(さいとう・たかお/ジャーナリスト)


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