コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2005/07/05up)




◆ 児童虐待をどう防ぐか ◆

〈『部落解放』2004年7月号掲載〉

桂 浩子

 
 「子どものしたことはささいなこととわかっているのに、叩きだしたらとまらない。最近は、叩くだけではおさまらず足で蹴ったりもする。私のしていることは虐待ですか?」「毎夜泣き続ける赤ん坊の声が、『お前は母親失格』と言っているように聞こえる。このままではいつか子どもを殺してしまいそう」「不妊治療をして、やっとできた子どもなのに、かわいく思えない。いまさらこんな気持ち誰にも言えない」。
 児童虐待防止協会は、一九九〇年三月、児童虐待を防ぐために、福祉、保健、医療、教育、法曹、報道の関係者が集まって、日本で初めて設立された民間団体である。創設と同時に開設された「子どもの虐待ホットライン」には、子育て相談から子どもの命にかかわるような重症の虐待まで、“虐待”をキーワードにこれまでに三万件を超える相談が寄せられた。匿名で顔を見せなくてもよいといった電話相談の特性に加えて、我慢していた感情が一気にあふれ出すのか、いきなり嗚咽からはじまる相談も少なくない。こうした母親ほど、「良い母親でなければ」「子どもをちゃんと育てなければ」との思いが強く、その背後には、母親たちが精神的に追い込まれるいくつかの共通した子育ての状況がみてとれる。
 都市化、核家族化、地域社会の崩壊、ライフスタイルの多様化、さらには安全性を重視したオートロック式の高層住宅の普及など、われわれの生活は個人の安全と快適性を求めてますます個別化が進んでいる。しかし、一方こうした生活は、子どもを育てる母親にとっては、一人で子育ての責任を負わされることに等しく、子育ての不安感、負担感、拘束感につながっている。元来、日本の社会では、子育ては親だけではなく大家族や地域ぐるみで行なわれる営みであったのが、社会の急速な変容により今や親(特に母親)にのみその役割と責任が課せられているといっても過言ではない。
 こうした孤立した閉塞状況での子育てでも、夫が子育てに参加しているかどうかが母親のストレスに最も大きな関係があるといわれている。男女共同参画社会が謳われている日本の社会においても、「男女性別役割分担意識」を強く持ち、自分は激しい競争社会で働いているのだから、女性は家事・育児が当然の役割と思っている男性が思いのほか多い。子育てのしんどさを、「夫には言えない」「わかってほしいが、言ってもわかってもらえなければよけいみじめになる」と、ホットラインにかけてくる母親たちは訴える。日常生活におけるひとつひとつの出来事や不安はたいしたことがないにしても、そのいくつもが重なってストレスとして心の内に溜め込まれた時、そのはけ口が一度目の前の子どもに向けられると歯止めがきかなくなる。東京虐待防止センターの広岡智子氏も「育児不安と虐待は離れていても地続きで、孤立、経済的困窮、夫婦問題などが重なり合うと、虐待との距離があっという間に縮まった例が幾例もある」と述べている。
 今年に入ってからも、岸和田の中学三年生虐待事件をはじめ、耳を覆いたくなるような悲惨な虐待の報道が後を絶たない。しかし、こうした事件の加害者を特別な人間と考えるのは間違っている。岸和田事件の初公判で被告の継母は、「誰にも相談できず、思い悩むうち自分を抑えきれなくなった。どうしてあそこまで自分を追い込んでしまったのかわからない」と涙声で陳述している。児童虐待の防止は、法律を整備しても、児童相談所の機能を充実させても限界がある。
 「児童虐待は現代社会の落とし子」という言葉がある。虐待は、現代社会を作り上げてきた私たち一人ひとりのこころの中に潜んでいる欲望、不安、自己中心性などと無縁ではない。児童虐待の防止は、安心して子育てができる環境を社会全体として作り上げる努力をしない限り、その解決にはほど遠い。(かつら・ひろこ/NPO法人児童虐待防止協会事務局長) 


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