コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2005/07/05up)




◆ 動き出した「性同一性障害特例法」
――その意義と問題点 ◆


〈『部落解放』2005年1月号掲載〉

野宮亜紀

 性同一性障害は、簡単にいえば、「心」と「体」の性がくい違い、そのことで苦痛を感じたり社会的な困難を抱えている状態です。精神的な苦痛の程度は人によって違いますが、性別への違和感が強い場合は、自分の体を傷つけたり、絶望から自殺を考えることもあります。
 原因については胎児期の性ホルモンの脳への影響が示唆されていますが、はっきりしたことはわかっていません。医療上の手段としては、カウンセリングや、体の特徴を変えて精神的苦痛を和らげるためのホルモン療法、手術療法が提供されています。同性愛と混同されがちですが、多くの同性愛者は性別に違和感はありません。逆に性同一性障害では、恋愛対象は人によって同性の場合もあれば、異性の場合もあります。
 私自身も「性同一性障害」と診断されている一人で、女性として社会で働き、さまざまな人に会い、女性として生活を送っていますが、戸籍や公的書類の上では「男性」という扱いです。自助・支援グループの運営に携わり、多くの当事者が、生活の実態と書類の性別がくい違うことで困難を抱えているのも見てきました。つまり、外見と異なる性別が記載された書類を出すことで、かえって本人かどうかを疑われたり、そうでなくても「性同一性障害」であるということがわかってしまうために差別的な扱いを受けるという問題です。
 特に就職や就学、家を借りる際などの差別は大きな問題です。外見と違う性別が記載されたパスポートを持って渡航することは危険を伴いますし、病気になっても、病院で書類上の性で扱われることが嫌で通院をあきらめてしまうという人もいます。戸籍や住民票に記載された「性別」は、性同一性障害をもつ者にとって最大のプライバシー情報ですが、それが要求される場面はあまりに多く、当事者はそのたびに苦痛を感じることになります。これまで、何人もの当事者が裁判所に性別の訂正・変更を求める訴えを起こしてきましたが、裁判所は「性別は染色体で決まる」といったような判断でこれを退けてきました。
 このような問題を解決するために、二〇〇三年七月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立し、昨年(二〇〇四年)の七月から施行されました。体の違和感がある程度解消されても、就職もままならない状態に置かれていた当事者の生活を改善する上では、大きな意味をもつ法律です。また、染色体だけでは単純に判断できないはずの「人間の性別」という問題について、法が一定の認識を見せたという意味でも重要な法律だといえます。
 ただし、この特例法では、性別の変更を認めるにあたって厳しい条件を定めています。具体的には、医師の診断のほか、二十歳以上で、婚姻していない、子がない、生殖能力を失っている、手術などによって性器の部分の外見が変更後の性に近似している、といったことが求められます。
 このうち、「子がない」という要件は、子どもを抱えて生活を送る者が、より不利な状況に置かれるという意味で厳しい要件です。併せて生殖能力の喪失が求められるので、性別変更を希望する者は「一生自分の子どもは持てない」ということになります。また、ホルモン療法などで外見が変わって、望む性別で社会的に暮らしていても性器の手術までは受けていない人や、健康上の理由などで手術が受けられない人も、厳しい状況に置かれ続けることになります。
 今後も、法律や制度の改善を求めていくことが必要です。例えば、神戸学院大学法科大学院の大島俊之教授は、「子がない」という要件の見直しに加え、住民票などの性別について戸籍より緩やかな要件で変更するなどの方策を提示しています。多くの人が先入観を捨てて、「人間にとって性別とは何か」という問題に真摯に向き合ってくれることを望んでいます。(のみや・あき/TSとTGを支える人々の会<TNJ>・運営メンバー)

 
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