コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2005/07/05up)




◆ フェミニストカウンセリングの現場から ◆

〈『部落解放』2005年6月号掲載〉

杉本志津佳

 
 私はフェミニストカウンセラーとして、これまで十代から八十代の多くの女性と出会ってきた。DV(ドメスティック・バイオレンス)や性被害、家族との関係、職場や学校での人間関係、自分の生きづらさについて……彼女たちが語るつらい経験は本当に様々だ。カウンセリングでは一回約一時間、話を聴き、対話し、一緒に考える。カウンセラーは、現実に起こっている問題に対して直接何かができるわけではない。過去に起きたできごとを消し去ったり、つらさや苦しさを魔法のように取り除いたりしているわけでもない。それでは一体フェミニストカウンセリングでは何をするのか。
 カウンセリングは、たいてい、自分の経験をどう理解するのかというところから始まる。この場合の「理解」とは、知識として理解することではなく、自分の経験を実感レベルでわかることだが、これが実は大変で、しかもとても大切な作業だ。周りがどう思うかにはとても敏感なのに、自分の感情や気持ちとなると急に言葉が出なくなる多くの女性たち。明らかに理不尽な暴力の事実を語りながら、「大したことではない」「私にも悪いところが……」と結ぶDVや性暴力の被害女性。女性たちの多くが、自分の感情・感覚を信用してはならないと思わされているし、それをもとに状況を定義することを「わがまま」だと非難されてきた。だからこそ自分の感情・感覚を頼りに、改めて自分の経験を見つめ、気付き、自分のものとして確認していくことがエンパワメントにつながる。それは、自分の経験の中にこれまで気付かなかった暴力を「発見」したり、「私が悪いのではない」と確認したり、自分を「しんどい状況を生き延びてきた力ある存在」と捉え直す作業でもある。起こった出来事を消し去ることはできないけれど、新しい名前を付け、意味や捉え方を変えていくことは可能で、大切なことなのだ。
 あるフェミニストが「ある事象に新しい名前が付くということは、責任の所在と解決の方法が提示されることだ」と言っていたのを聞いたことがある。カウンセリングの過程で新しい捉え方をすることは、彼女を取り巻く社会の問題、新しい現実が浮かび上がってくることでもある。彼女がこれまで生き延びてきた力を尊重しながら、その現実の中で、どう行動し、生きていくかを一緒に考えることもカウンセリングの大切な役割だ。カウンセリングは、直接何かをすることはできない。しかし直接何かできないからこそ、問題の解決に取り組むその人自身をエンパワメントし、自分の感覚を頼りに決断し、人生を自分でコントロールする感覚を取り戻す過程をサポートすることができるのだと思う。
 また、フェミニストカウンセラーの特徴の一つに、現実を変革していくという視野を持ち、行動することがある。つまり、彼女の問題に向き合うとき、カウンセラーである私にも、同じ時代を生きるひとりの女性として、この現実にどう向き合い、何をし、どう生きるのかが問われているのだと思う。
 そもそもフェミニストカウンセリングは、女たちの語りの中から生まれた。日々のしんどさを語り合う中で、それが女性に共通する経験であるという発見から、現状をしんどいと感じる自分が悪いのではなく、しんどいと感じさせるような現状に何か問題があると気付いていった。DVやセクシュアルハラスメント、子ども時代の性被害など、語る言葉さえなかったできごとを自分たちの感覚を頼りに言葉を紡ぎ名前を付けていき、社会の問題として発信していったのである。今年、私が所属しているフェミニストカウンセリング堺が開設十年を迎えた。女性たちが、自分の経験に名前をつけ、語る傍らに寄り添い続け、何ができるのかを問い続けてきた年月だったと思う。これからも、女性の個別な語りや状況に寄り添いながら、そこから見える「問題」を社会に提起し、地道にできることをしていきたいと考えている。(すぎもと・しづか/フェミニストカウンセリング堺)

フェミニストカウンセリング堺 ホームページ  


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600