コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2005/08/05up)




◆ 再就職セミナーにハマる専業主婦たち
――出口の見えないトンネルの中で ◆


〈『部落解放』2005年8月号掲載〉

島崎今日子

 男友だちのAは大手出版社に勤めているが、六年前、三人目の子どもが生まれたので三カ月の育児休暇をとった。上二人が生まれたときは、大学教員の妻が育休をとったから、「今度は自分の番だ」と自ら進んで選んだことだった。当時、男性が育休をとるのはまだ珍しかったが、そこはリベラルが売りの出版社、上司も同僚も彼の選択を快く認めてくれた。しかし、育休に入って一週間もしないうちに、Aはいてもたってもいられない不安に襲われるようになっていた。彼の世界はそれまでとは一変してしまったのだ。外出といえば、子どもの保育園の送り迎えと買物だけ。男性ゆえ、そこでママたちの輪に入っていくことは難しい。あとはマンションの一室に閉じこもって、赤ちゃんと子どもの世話をする毎日なのだ。たまに大人と言葉を交わす機会があるとすれば、宅急便の配達人ぐらい。単調な家事の繰り返しと、誰も話す人のいない空虚な毎日にAは焦燥感を募らせ、妻の帰宅が予定より少しでも遅くなると怒りを抑えられなくなっていた。
 その頃、Aの不安の根源にあったのは自分が社会から隔離されていく感覚だった。結局、Aは日々のしんどさを友人にメールで書き送ることと週に一度飲みに出かけることで、なんとかその暗黒の時期を乗り切った。外界との繋がりが救いだったという。が、何より、三カ月後には元の開けた世界に戻れるという、トンネルの向こうに光が見えていたことで、重苦しい毎日を耐えることができたのだ。
 「専業主婦の気持ちが痛いほどわかりました」。Aは嘆息したが、実際、Aと同じ闇を見ながら、トンネルの中に閉じ込められたままの専業主婦は膨大な数にのぼる。
 「でもね、トンネルの中にいるのは嫌だと思いながら、トンネルの外に出るのもしんどいんだよ。彼女たちの願ってる仕事はほんとに少ないから」
 そう言うのは、女友だちのBである。Bは、二十年にわたり、主婦の再就職支援事業を手がけてきた。彼女の再就職のためのハウツーを伝授するセミナーにやってきた主婦は、のべにして千人を軽く超える。が、その中で、実際に再就職した人は百人にも満たない。
 Bによれば、そうしたセミナーにやってくる人は経済的にある程度余裕のある人で、動機は三つに大別できる。@経済的理由=子どもの教育にお金をかけたい、もう少し豊かな生活がおくりたい、老後のために貯蓄したい、A社会とつながっていたい=他者から評価されたい、B自己実現したい=結婚によって断念したことを実現させたい、自分が生まれてきた価値を問いたい――という三つだ。バブル前はABが多かったが、バブル後は@が急増した。だが、いずれの動機の人もなりたい職種に変わりはなかった。カウンセラー、インテリアデザイナー、フラワーデザイナー、ライターなどで、最近はファイナンシャル・プランナーが人気だとか。聞いているBは、いつもため息が出る。「あるかいな」と。それに、彼女たちは、ようやく就職ができたとしても「こんなはずではなかった」と大半が辞めていくのだ。家庭の中で全権を振るう“社長”である主婦にとって、一から仕事を始めることや人に使われることは耐え難いことらしい。命令されるくらいなら家にいるほうがましなのだろう。かくして、彼女たちは再就職セミナーのリピーターになることで、闇の中に止まる苦しさをガス抜きしていくのだ。
 Bのもとにやってくる人たちはある意味、恵まれている。今や、専業主婦であることはステータスの時代なのだ。その多くは、パートという名前の安価な労働力として使われることに疲れ果てている。家庭にとどまるも闇、出ていくも闇。専業主婦のジレンマは永遠に続く。(しまざき・きょうこ/ライター) 
  


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