コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2005/12/05up)




◆ スレイマニエからのメール ◆

〈『部落解放』2005年12月号掲載〉

中川喜与志

 日本政府によって、ジャーナリストも含めた日本人のイラク渡航が事実上、禁止されて久しい。
 この春、イラクから一通のメールを受け取った。イラク北部のクルド人自治区のスレイマニエ市に暮らす女性音楽家Kさんからだった。クルド人自治区は今のところアルビル、ドホック、スレイマニエの三県で構成されている。スレイマニエ市はこの一県の県都であり、イラク・クルディスタンの文化都市として知られる。Kさんとは話したこともなければ、顔を見たこともない。
 メールにはイラク・クルディスタンに暮らす人々の日常生活が綴られ、また私の拙いクルド人問題研究への励ましの言葉も添えられており、本当に嬉しい便りだった。以来、Kさんとの「文通」が続いている。三月のメールには、こんなことが記されていた。
 「(スレイマニエ市には)電話のない家庭もたくさんありますが、携帯電話はたいへん普及しており、私の勤めている学校の生徒たちのほとんどが携帯電話を持っています。クルディスタンの若者たちの雰囲気は十五〜二十年前のヨーロッパとほとんど変わりなく(正確には少し素朴ですが)、休憩時間には男女のカップルが堂々と語らっています。一般のイスラム圏の保守的な女性のイメージは生徒たちの間には見られません。ここ何年かで離婚率が急増しているとも聞きました」
 Kさん一家は昨年九月までドイツで暮らしていたが、フセイン政権崩壊からしばらく様子を見た後、故郷のスレイマニエに戻ったという。Kさんは「スレイマニエ芸術学校」でピアノと声楽の教師として働く一方、「クルド文化遺産協会」という機関でクルド民族音楽を楽譜化する仕事もしている。
 八月に受け取ったメールには、現地の電力事情や住宅事情について触れられていた。
 「こちらもまだまだ暑い日が続いています。夏になって、家庭に送られる電気の量が増えて、一日八時間。冬は六時間程度でした」「こちらの公務員(自治政府で働く公務員のこと)の平均給料は二百ドル(米ドル)ほどですが、スレイマニエ市は住宅難のため、二部屋だけの小さい住宅で家賃が百ドルくらい。子どものいる家庭はたいてい共稼ぎで、それでもやっと暮らしていける程度……」
 Kさんは二カ所の職場で働いており、約五百ドルの収入とのことだが、車の修理に毎月百ドルほどが消えていくという。というのは、「道がすごく悪いので、故障が絶えないのです」と。
 「現在、スレイマニエ・アルビル間の道路工事が韓国の企業によって急がれています。テレビで韓国のトレンディ・ドラマが放送されていて、流行になっています」
 クルド人自治区の首都・アルビルには約三千三百人の韓国軍の派遣部隊が駐留している。それに随行する形で韓国の建設土木企業が入り、イラク北部でのインフラ整備事業に関わっているようだ。
 これとは対照的に南部サマワでは、日本の自衛隊が、為すべき仕事もなく、ほとんど「引きこもり」状態で駐留している。仮にイラクへの自衛隊派遣の是非をさて置くにしても、いまだにはっきりしないのが、なぜサマワだったのか。フセイン政権が倒れてまもない頃、実は、クルド人自治政府の代表が来日し、クルド人自治区は安全だから復興支援ならぜひ当地へ、と日本政府に要請していた。これを日本政府は断り、明確な根拠を示すことなくサマワに決定。自治政府代表団はその帰途、韓国に立ち寄っている。その後、わが小泉首相は「自衛隊が活動している所が非戦闘地域」という呆れた詭弁を繰り返し、涼しい顔をしてきた。そもそも本気で復興支援など考えていなかったのである。
 そして今、「イラク復興支援のための自衛隊派遣」が延長されようとしている。外国通信社を介しての二次情報である、「自爆テロ」のニュース以外に何ひとつ現地情勢が報じられぬままに、具体的な現地情勢が議論されぬままに……。(
なかがわ・きよし/クルド学研究者)  


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