コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/06/27up)




◆ ハンセン病との出会い、それから

〈『部落解放』2007年1月号掲載〉

豊蔵裕邦

 私は鹿児島県の離島、徳之島で生まれ、十五歳まで育った。幼少の頃、私の集落にハンセン病の患者がいたことをおぼろげに記憶している。当時はハンセン病についての知識もなく、病名についても知る由もなかったが、二十数年を経て、この問題と正面から向き合い、公私共に深くかかわっていくことになる。
 ハンセン病が身近な問題になったのは、五年前に人権関係の仕事に携わるようになってからだ。この仕事に就くと同時に、国の隔離政策を違憲と断じたハンセン病国賠訴訟熊本地裁判決が出た。国の「控訴断念」と続いていくなかで、日頃、人権問題に携わっている職場の仲間がまるで自分たちのことのように、喜びで沸いていた姿が印象的だった。
 その後、ハンセン病問題を考えるシンポジウムや講演会などで当事者の生の声に接することができた。人権侵害の最たる国の誤ったハンセン病政策によって、迫害され、差別や偏見に苦しみ、人生や命を奪われた回復者の切実な思いや訴えに胸をしめつけられた。学習を深めていくうちに、一九九六年の「らい予防法」廃止からの一連の流れは、差別や偏見、社会的抑圧などにより、弱者の立場に立たされてきた回復者が、その内在する能力、行動力、自己決定力で勝ち取った、まさに、「エンパワメント」の勝利であることに気づかされた。
 それからしばらくして何かの縁だろうか、今度は妻の姪の婚姻問題で、個人的にハンセン病問題と向き合うことになった。相手方の祖父母がハンセン病療養所に在園しているとのことだった。その後三年にわたって、ハンセン病についての正しい理解と認識を得てもらうまでの妻との協働作業は、身内といえども、関西と北陸という地理的な条件も相まって、かなりのエネルギーを要した。
 ある秋の日、夕陽が美しく映える県立美術館の中にあるレストランの隅っこの席に、目立たないように遠慮がちに座っている高齢の祖父母の姿があった。孫の結婚披露宴の席に遠路はるばるかけつけてくれたのだった。宴たけなわの家族紹介の時、彼と姪は一緒に祖父母の手をとり、家族の真ん中に案内し、彼が出席者に紹介した。「僕の大切なおじいちゃんとおばあちゃんです……」。出席者から拍手が沸き起こり、親族のみんなが泣いていた。
 後に祖父母と同じ療養所にいたころからの友人であるという、地域に復帰したある回復者から、「○○さん夫妻は孫の結婚の席に出るのが夢だった……」と聞かされた。「ほんとうによかった……」。私は心の中でそうつぶやいた。
 さらには昨年(二〇〇六年)から、ハンセン病療養所を退所した地域復帰者でつくる当事者団体の活動に賛助会員として、個人的に参画させていただいている。今回、その活動の一環として、故郷・奄美でハンセン病問題と向き合うことになった。
 徳之島の北隣島、奄美大島の奄美市に国立ハンセン病療養所「奄美和光園」はある。在園者六十四人(二〇〇六年七月一日現在)で、平均年齢八〇・三歳、平均在園年数四十八年余り、ほぼ全員が奄美出身者である。
 同園は高齢化と人数の減少で存続が危惧されている。「これからの療養所での生活はどうなるのか?」。在園者の不安は拭い去れない。そんな中で、「らい」予防法廃止十周年・熊本判決五周年記念シンポジウム「今こそ手を携えて」が、十月二十八日に同園で開かれ、全国各地から約百六十人が参加した。
 その中で、これからの療養所のあり方として、ハンセン病訴訟西日本弁護団の徳田靖之弁護士は、@国立十三施設の統廃合は許さない、A国立の医療施設として存続させる、B施設を地域に開く――など、五つの原則を示し、実現に向けて、法、政策、差別の三つの壁の克服を訴えた。奄美和光園については、「将来構想を考える上で、最も条件が整っている」と、地理的条件や外来診療などの実績にふれながら、「外来診療の拡大を図り、入院施設を目指すとともに、療養所の高い介護レベルを地域に活かすため、デイケアやショートステイとしての利用が考えられないか」と、国立の医療施設と介護福祉施設としての活用を提案した。
 その夜、奄美和光園関係の回復者らと懇談する機会があった。これまでの活動を通じて何人かは懇意にさせていただいていたが、初めてお会いする回復者の中に、私と同じ徳之島出身の女性がいた。小学校五年生の時から入所しているというから、在園年数は約六十年になる。同じシマンチュウ(島の人)として、私の母親と同じような雰囲気をかもし出す彼女は、柔和な表情で目を細めながら、「今さら何かを求めることもない。ただ、この和光園で静かに余生を送りたいだけ……」とつぶやいた。人間としての尊厳を傷つけられながらも、国を責めるわけでも、社会に恨み言を言うわけでもない。九十年にわたって、司法が断罪したハンセン病政策の下、強制隔離収容を続けた国はこのささやかな願いや思いをどう受けとめるのであろうか。
( とよくら・ひろくに/財団法人大阪府人権協会)

団法人大阪府人権協会
http://www.jinken-osaka.jp/

国立療養所 奄美和光園
http://www.hosp.go.jp/~amami/


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