コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/06/27up)




◆ メディアを水平線の高さに置こう

〈『部落解放』2007年2月号掲載〉

下村健一

 事件・事故で犠牲になった子どもたちの、生前の顔写真や遺体写真などを、『くらぶキッズ』と称する自作ホームページに無断転載し、無神経なコメントまで添えていた公立小学校教諭の存在が、昨年一二月、衝撃をもって報道された。私はこの事件を周辺取材するなかで、「同様のサイトの横行をいかに防ぐか」という、あえて愚直な質問を専門家たちに問うてみた。これに対し、ある大学教授と弁護士から、異口同音にまったく同じ答えが返ってきた。
 「法による規制はすべきでないし、また有効でもない。時間はかかるが、結局決め手となるのは、子どもの頃からのメディアリテラシー教育だ。」
 この耳慣れないカタカナ言葉にも、ずいぶん理解者が増えてきたんだな、と私は大いに驚いた。メディア(新聞・TVから、インターネット・携帯電話等々まで)との付き合い方―――もっと平たく言えば、《情報のキャッチボールの仕方》を習得させるのが、メディアリテラシー教育だ。飛んできたボールの《捕球の仕方》をしっかり学ばなければ、エラーをしてしまう。つまり、受け取った情報を的確に消化できず、丸ごと鵜呑み(あるいは曲解)をして、躍らされてしまう人間になる。また、自分のボールを相手に送る《投球の仕方》もしっかり学ばなければ、今度は暴投をしてしまう。こちらの意図が誤解されたり、思いがけず人を傷つけてしまったりすることにもなりかねない(今回の事件の教諭も、「自分の発信によって深く傷つく人がいるという事への想像力が欠如していた」という主旨の述懐をしている)。
 情報伝達ツールの発展にともない、個々人の間を飛び交う「情報」というボールの量が急増した昨今、このメディアリテラシー教育の切実な重要性は、世界各国で認識されてきている。オーストラリア、カナダ、南アフリカ、英国など、あちこちでその社会にあった独自のメディアリテラシー教育カリキュラムが整備されつつあり、日本でも今年度から、中学校の国語の教科書の(発行部数にして)半数以上に、メディアリテラシーを直接のテーマとする単元が置かれた。中国のメディア界に圧倒的シェアで人材を輩出しているという中国伝媒大学も、昨年秋「媒介素養教育」と題する特設の単回講座(学生約一五〇人)を開き、私が招聘されて、日本のメディアリテラシー事情を解説してきた。「情報は鵜呑みにしない」「自分の言葉で発信しよう」といった、メディアリテラシー教育の根幹を成すメッセージは、あの国の政治体制下では直球すぎて敬遠されるかと思いきや、逆に熱烈歓迎され、二時間の講義の後の学生たちからの質問は、延々三時間も続いた。
 私は七年前にTBSを退社して以来、TV報道の仕事も続けつつ、主にメディアリテラシー教育の普及(および、本稿の論旨を外れるので詳述はしないが、市民メディア系諸団体の制作アドバイザー)活動をライフワークとしている。そのため、日本国内各地でこの教育の必要性を説く機会がよくあるのだが、この北京での講義ほど反応が熱かったことはかつてない。同大学の関係者らと話してみると、どうも巨大な中国では《中央の発信者側は“意図が見え見え”/地方の受信者側は“何でも鵜呑み”》という両端の構図がひじょうにわかりやすい形で存在しており、それゆえに、メディアリテラシー教育の意義が初耳の学生たちにもすんなり理解された、ということのようだ。
 では翻って、日本の現状はどうか。わが国のメディアでは、発信側の“意図”はそこまで見えやすくないし(自分は何の意図も込めず客観中立に伝え得ている、と思い込んでいる無自覚な記者までいる)、受信側の“鵜呑み”ももっと見えにくい無意識レベルでなされている(自分は冷静でメディアにまったく踊らされていない、と思い込んでいる視聴者も少なくない)。だから、「メディア・リテラシー教育が必要です」と言われても、今一つピンとこない人がまだまだ多い。
 しかし、忘れてはならない。松本サリン事件の時、第一通報者の河野義行さん犯人説を、あれほど多くのメディアが客観情報だと信じて流し、それをまたあれほど多くの国民があっさり信じ込んだことを。同事件から一〇年余りで、日本社会はもうああいう過ちを繰り返さぬほど賢く一変したと言えるのか?
 わずか六〇余年前、大本営発表報道に喝采して、鬼畜米英に負けるはずがない、と破局に突っ込んでいった日本社会のDNAは、本当にもう私たちの体内から一掃されたのか?
 メディアを自分より上に見て、「TVで言ってたから」とすぐ信じこむことも、逆にメディアを自分より下に見て、「どうせデタラメばっかりさ」と全否定することも、賢明ではない。メディアは、自分と《水平》な高さに置いて、道具として使いこなそう。それが、情報洪水時代の二一世紀人の、受信者としての自衛策であり、発信者としての義務なのだから。
(しもむら・けんいち/市民メディアアドバイザー、TVキャスター)

下村健一オフィシャルWEB
http://www.ken1.tv/


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600