コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/06/27up)




◆ オリコンは基本的人権に挑戦状を叩きつけた

〈『部落解放』2007年4月号掲載〉

烏賀陽弘道

 「オリコン」といえば、一九六八年から四〇年近くにわたって日本のポピュラー音楽のヒットチャート集計業務を独占してきた、知らぬ人はない有名企業である。「オリコン初登場一位」など、「オリコン」といえばヒットチャートと同義語にさえ扱われてきた。
 昨年一一月、そのオリコンが、筆者個人を相手どって、何と五〇〇〇万円という高額の損害賠償を求める名誉棄損訴訟を東京地裁に起こしてきた。月刊誌『サイゾー』〇六年四月号に掲載された私のわずか二〇行ほどの「コメント」が、同社の業務上の信用を傷つけ、五〇〇〇万円を超す被害を出したというのである。
 私は、この訴訟の正体はみえみえだと思っている。民事訴訟の体裁だけ偽装した「脅迫」「恫喝」、つまりは批判封じである。オリコンは、日本国憲法が保障する「表現・言論の自由」へ挑戦状を叩きつけたともいえるだろう。
 それはなぜか。私の「コメント」の内容はひとまず置く。その内容云々以前に、オリコンの提訴のやり方が、露骨なまでに私の人権を侵害しているのである。
 まず、民事訴訟法によれば、訴えを起こされた側(被告)、つまり私はオリコンの訴えに対して同意するのか、争うのかを裁判所に返答しなくてはいけない。無視していると、相手の言い分に丸ごと同意したことになり、五〇〇〇万円を払わなくてはならなくなる。地裁から私に訴状が送達されたのは一二月一三日で、返答期日はなんと一月四日。年末年始を挟むので、実質一四日しかない。名誉棄損事件に詳しい弁護士の知り合いもいない私は、真っ青になった。オリコンもつくづくイケズである。
 当然、争う、と答える。が、オリコンは一九人という大弁護団を組んでいる。こちらも弁護士を雇わないわけにはいかない。しかし、だ。旧日弁連の規定に従えば、請求金額五〇〇〇万円の訴訟だと、弁護士に支払う費用は、着手金だけで二一九万円! もし裁判に勝ったら、いいですか、勝ったとしても、ですよ、成功報酬が一〇%の五〇〇万円上乗せされ、なんと合計七一九万円にもなるのだ(注/現在は弁護士報酬は自由化されている)。
 つまり、オリコンは勝とうが負けようが構わないのである。五〇〇〇万円という請求金額を適当に決め(訴状をどうひっくり返して読んでもその合理的根拠は書いてない)、紙切れ数枚の訴状を地裁に持っていくだけでいい。それだけで、フリーランス記者である小生など、経済的に抹殺できてしまうのだ。敵側の決めた金額で、こちらの経済的負担が決まってしまう。これは法の盲点を突いた陰湿ないじめである。
 「そんなお金、『サイゾー』を出した出版社に出してもらえばいいじゃないか。彼らには編集責任も出版責任もあるんだし。顧問弁護士だっているだろう」。そう、まったくその通り。それが今までの名誉棄損訴訟の常道だった。ところがオリコンはここで掟破りのとんでもない戦術を取った。出版社を訴えから外したのである。これで、私は金銭的にも人的にも出版社というバックアップから切り離され、素っ裸のまま敵前に放り出されたのである。
 そして、満を持したかのように、昨年一二月末、オリコンは小池恒社長名義でプレスリリースを発表した。「我々の真意は金銭ではない」「(烏賀陽が)過ちを認め、公式に謝罪するなら、訴えは直ちに取り下げる」。
 これを読んだとき、私は卒倒するんじゃないかというくらい怒った。怒り狂った。要するにオリコンは「お前、カネ払えないだろ? 謝れ。そうしたら訴訟はカンベンしてやる」と言っているのだ。こんな露骨な脅迫があるだろうか。これほど人を虫けらのように馬鹿にした言い草もあるだろうか。
 そしてこれが一番重要な点なのだが、私は『サイゾー』にただの一文字も「書いて」はいないのだ。サイゾー編集部の副編集長Kから電話がかかってきたので、質問に答えた。それが「烏賀陽のコメント」として掲載された。つまり執筆者はK副編集長であり、私は「取材を受けた側」にすぎないのだ。
 ちょっと冷静になってまとめてみよう。出版社なり新聞社なりから取材を受け、それに答えたら五〇〇〇万円の損害賠償を要求される。そんなリスクがあるなら、誰が取材なんか受けるだろうか。この萎縮効果の前では、報道の前提である「取材」「インタビュー」「コメント取り」という行為がまったく成立しなくなってしまう。これは民主主義の根幹をなす「報道」の破壊行為である。
 そして、記者個人を所属組織から切り離して訴えることが可能であり、それだけで記者は経済的破滅に瀕することを、オリコンは提訴だけで証明してしまった。今回、私はたまたまフリーだったが、この方法論は朝日新聞の記者だろうと日本テレビの記者だろうと応用が可能である。今ごろ、全国の企業の法務担当者は膝を打っていることだろう。なるほど、企業批判を封じるにはこの手があったのか、と。
 オリコン訴訟が日本の言論界にもたらした破壊力は、9・11テロにも匹敵すると私は考えている。オリコン訴訟以前と以降では、世界がまったく変わってしまったのだ。困ったことに、日本のマスメディアの大半は、自分たちにとって「酸素」にも等しい「言論の自由」へのテロ行為に冷淡である。むしろ外国人特派員の関心が高く、フランスでは有力紙『リベラシオン』が一頁を割いて詳報したほか、NGO「国境なき記者団」が私を支援するコミュニケを発表した。
 オリコンは、国際世論を敵にまわし、言論・表現の自由という基本的人権に唾を吐きかけたのだ。私の生存権を抹殺しようとしているのだ。一人のジャーナリストとして、人間として、これは体を張ってでも止めなくてはならない。私は二月八日、訴訟権の濫用と名誉棄損でオリコンを訴える「反訴」を東京地裁に起こした。反撃開始である。
 どうか成り行きを見守ってください。「うがやジャーナル」で逐次報告します。
(うがや・ひろみち/ジャーナリスト)

註 「オリコン訴訟」のような訴訟を“SLAPP”という “SLAPP”(Strategic Lawsuit Against Public Participation)とは、「公の場で発言したり、訴訟を起こしたり、あるいは政府・自治体の対応を求めて行動を起こした権力を持たない人物や団体に対して、企業や政府など、力のある側が恫喝、発言や行動封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす、報復的な訴訟」を指す。 米国ではSLAPPを禁止する法制化が進んでいる。
 カリフォルニア州では、1992年に制定された州民事訴訟法425条16項でSLAPP目的の訴訟を禁じている。訴訟の対象が州政府への請願権や言論の自由の権利の範囲内である限り、被告は提訴の段階でそれを退ける特別動議を出すことができる。そのほかアメリカでは首都ワシントンを含む25の州・地域でSLAPPを禁止する法律が制定されている。合衆国連邦法にはSLAPPを禁止する成文法はないが、反トラスト法の中の「ノエル・ペニントン宣言」でSLAPPを禁止する方針が示されている。 SLAPPは勝訴を必ずしも目的としない。
 Thomson Gale著の『Legal Encyclopedia』(法律辞典)によると、米国の裁判でも、SLAPPは原告の敗訴で終わることが大半である。が、審理に長い時間がかかるため、SLAPPの標的とされた人々は精神的にも経済的にも疲弊する。ゆえに、人々が公的に発言することを萎縮させる結果に終わる。また、同書によると、SLAPPの標的になった人たちは疲弊のあまり「二度と公的な活動にかかわりたくない」と考えていることが報告されている。つまり、SLAPPを起こした原告はだいたい敗訴するが、「敵を排除する」「敵を黙らせる」という結果は、SLAPPの目的を達成しているのである(出典・参照=http://www.answers.com/topic/strategic-lawsuit-against-public-participation)。

オリコン
http://www.oricon.jp/

うがやジャーナル
http://ugaya.com/


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