コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/06/27up)




◆ Not Ready to Make Nice
まだ、いい人なんかにはなれない


〈『部落解放』2007年6月号掲載〉

町山智浩

 二〇〇三年一月、ディクシー・チックスはスーパーボウルの開会式でアメリカ国歌を歌った。
 ディクシー・チックスは女性三人によるC&W(カントリー&ウェスタン)バンド。C&Wは南部や西部の労働者階級の白人が好んで聞く「アメリカの演歌」だが、そこにチックスは現代の女性の視点を持ち込んだ。たとえば、酔っては暴力を振るう夫を毒殺する妻の立場を歌った。チックスは普段C&Wを馬鹿にして聞かない都会の中産階級の女性たちの共感をも呼び、アルバムは一二〇〇万枚も売れ、C&W史上最大のバンドになった。二〇〇三年の世界ツアーはその名も「トップ・オブ・ザ・ワールド・ツアー」。頂点に立った彼女たちが引きずり下ろされるとは誰も想像できなかった。
 同年三月一〇日、イラク攻撃の十日前、ロンドンのコンサートで反戦歌「トラベリング・ソルジャー」を歌う際、ボーカルのナタリーは冗談ぽく言った。
 「私たちはイラク攻撃に反対です。ブッシュ大統領と同じテキサス生まれで恥ずかしいわ」
 その発言がアメリカの右翼メディアの標的になった。全米のラジオのほとんどのトーク番組とニュース専門ケーブルTV局のFOXニュースは「保守」や「愛国」を売り物にしている。彼らは「イラク攻撃に反対ならアメリカを出て行け」「サダム・フセインの回し者め」とチックスを罵った。ラジオ司会者ローラ・イングラムは番組で「Shut up and sing(余計なことは言わずに歌だけ歌ってろ)!」と言った。
 C&Wのファンの大部分もテキサス出身のブッシュと彼の「カウボーイ外交」の支持者だった。たとえばC&W歌手トビー・キースが9・11テロの直後に発売した「アメリカン・ウェイ」は「逆らう奴らのケツに蹴りをぶち込め。それがアメリカのやり方だ」という歌で大ヒットした。ナタリーの発言後、チックスのアルバムの売り上げは一週間で半分に落ち込んだ。
 チックスはすぐに公式サイトで「礼を欠いた発言だった」と謝罪したが、反戦の主張そのものは撤回しなかった。保守的市民運動グループはネットに全米のC&Wラジオ局のリストを掲示し、チックスの曲をかけないよう抗議しろと呼びかけた。全米のラジオ局の七割近くを独占するクリア・チャンネル社は、さっそく全米でチックスを放送禁止にした。そればかりか、局の前にゴミ缶を置いてチックスのCDをそこに捨てさせ、集めたCDをブルドーザーで轢き潰した。なぜならクリア・チャンネルはテキサスに本社があり、ブッシュと親密にすることで、全米のラジオ局を買収してきたからだ。
 全米ツアーはこれからだった。「私たちが間違っていました」と許しを請うべきか? 彼女たちは決断した。決して屈しないと。四月末、チックスは芸能誌『エンターテインメント・ウィークリー』誌の表紙をヌードで飾った。三人の裸体には「売国奴」「裏切り者」「非国民」、それに「言論の自由」「英雄」など毀誉褒貶の数々が書かれていた。それは「あんたたちは女相手になんて酷いことをするの?」と訴えるノーガード戦法だった。
 ツアーが始まった。どの会場の外にも反対グループがピケを張り、カウボーイハットをかぶり、星条旗を掲げて「ブッシュが嫌いならアメリカを出て行け」と叫んでいた。テキサスでは「明日のステージでナタリーを射殺する」という予告状が届いた。チックスは三人とも幼い子どもを持つ母だ。ライブを中止すべきか悩んだ末に三人は死ぬ覚悟でステージに立った。
 無事にコンサートは終わったが、リーダーのマーティは満員の客席を見ながら「これだけのファンを見るのはこれが最後になるかも」と思った。もうC&Wという村には居場所はなかった。
 二〇〇六年、チックスは新アルバム『テイキング・ザ・ロングウェイ』を「ロック」として発表した。どの曲にも、この三年間に彼女たちが経験した怒りと悲しみが込められていた。特にシングルカットされた「ノット・レデイ・トゥ・メイク・ナイス」は、松明を掲げて彼女たちを追い立てた群集たちに向けて歌われている。
 どうしてあんな手紙が書けるの?
 「黙って歌だけ歌ってろ!でないとお前の命はないぞ」なんて!
 まだ、いい人なんかにはなれない
 まだ、引き下がるわけにはいかない
 まだ、私は本当に怒っている
 許す、それっていい言葉ね
 忘れる、私にはまだできない
 時がすべてを癒すというけれど  私の痛みはまだ消えはしない
 このアルバムでチックスは今年のグラミー各賞を独占した。音楽業界は彼女たちの戦いを讃えた。
 現在、国民の半分以上がイラク戦争は間違いだったと認め、ブッシュの支持率は三割台に落ちた。四年ぶりのロンドン公演でナタリーは同じ言葉を繰り返した。「今もブッシュと同じテキサス出身で恥ずかしいわ」。 (まちやま・ともひろ/映画評論家、コラムニスト )

ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記 http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/ Dixie Chicks http://www.dixiechicks.com/


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