コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/07/17up)




◆ ドキュメンタリー映画と私

〈『部落解放』2007年7月号掲載〉

小林 茂

 ドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」(佐藤真監督/撮影筆者)が完成してから今年で一五年が経つ。新潟水俣病の現場となった阿賀野川のほとりに一軒の家を借り、二〇歳から三〇歳代前半の若き青年たち七人が三年間の共同生活をしながら作った映画である。素人集団といってよいスタッフとそれを支える市民が製作委員会を組織して、多くの人々に製作カンパを呼びかけながら作った一六ミリフイルム長編映画である。私にとってははじめての映画撮影であった。
 最初は新潟水俣病をいかに描くかという点に力点がおかれていたが、川とともに生きてきた人々の日常に踏み入るにつれ、その生活の細部を描けることの驚きと喜びにドキュメンタリー映画の神髄を感じるようになった。
 山と川を自分の肉体に刻むように生きてきた老夫婦。囲炉裏端の口げんかに表れる夫婦の機微。頑固な船大工の夫と、それをたのもしくみつめる妻。
 直接的には新潟水俣病を描いてはいないが、結果的にはその公害病の実態を生活の面から描いたことにもなった。人間の生活をよくみれば、泣き笑いの連続である。そのちょっとした夫婦のやりとりに、観客も泣き笑う映画になったのである。
 映画は東京の劇場でロングラン上映され、世界中の映画祭に招待されるほどの評価を得た。
 その後、映画に登場した人々は次々と亡くなった。スタッフもそれぞれの人生を歩んだ。
 私はその後も映画を作り続けている。自分でカメラをまわしながら監督作品も作るようになった。
 毎年、五月四日に追悼上映会と称して、阿賀野川のほとりの町で「阿賀に生きる」を上映することが慣わしとなり、私も参加して映写機を回す。何年経ってもこの映画の魅力は失われることはない。登場人物の魅力はますます冴えわたるようだ。自分の足で大地に立って生きている人間が映っている。そして、私はこの映画を見ながらつぶやく。「この映画はなかなか超えられないなあ」と。
 共同生活のなかで、飲んだくれ、けんかしたことも数知れない。若きスタッフと市民が一緒になって、ただ一点「映画をつくるんだ」という「思い」に結集した。そのエネルギーに「映画の魂」が微笑んでくれたのだろう。
 ドキュメンタリー映画の魅力はテーマの設定もさることながら、スタッフと被写体との人間関係の変化が映りこむことのようだ。スタッフ側の変化。被写体側の変化。撮るものと撮られるものの間の変化。これらの変化がスクリーンに表されたとき、魅力的なドキュメンタリーとなる。
 「阿賀に生きる」のスタッフの一途な思いが、被写体に伝わり、お互いが変化し、その関係も変化して、画面にその「変容」が映り込んだにちがいない。
 五年前に私は脳梗塞を発病し、長い療養生活を経たあと、滋賀県の第二びわこ学園を舞台に重症心身障がい者の世界を描いた「わたしの季節」を作った。
 これは私の変化が大きかった。体力だけには自信があった私が半身不随とPTSD(心的外傷後ストレス障がい)を経験した。
 それまで、「障がいのある人は社会的にどう処遇されるべきか」ということばかり考えていた。自分が障がいをもってみると、それがいかに高い視線であるかと気づいた。
 「障がい」に目を奪われることなく、その人の「存在感」をありのままに表現しようと思った。  その気持ちの変化が彼らをすごく魅力的な人物へと変容させた。それが映画になった。
 私は腎臓機能が落ちて、最近、人工透析の治療を受けているが、アフリカに行けるのも最後かもしれないという気持ちをもって、昨年後半の五カ月間、ケニアのストリートチルドレンの撮影に出かけた。
 寒さや空腹を忘れるために、町で生きる子どもたちはシンナーを吸う。その泥酔した目を直視できない。「なぜ、子どもたちは町へ出るのか」。貧困が背景にあることはわかる。しかし、それだけが答え(理由)ではあるまい。激しい動きに腎臓が悲鳴をあげ、血尿が止まらない。それが早く答えを求める自分の焦りに拍車をかける。人だかりができて、街中でカメラを回すことも簡単ではない。「子どもたちの現在を写し撮ればいいのだ」とやや冷静に思えてきたときにはもう帰国が迫っていた。
 この五カ月のケニア生活は何だったのか、ドキュメンタリー映画とは何なのか。またまた、考えあぐねる毎日である。
 「阿賀に生きる」はなかなか超えられない。私は最近、それでもいいと思っている。それはそれとして、ドキュメンタリー映画の魅力にはまって、うごめいている自分を表現できれば、それでいいのではないかと思っている。
(こばやし・しげる/ドキュメンタリー映画監督)


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