コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2007/10/15up)




◆ 「歴史の堆積による現代へのまなざし」とは

〈『部落解放』2007年10月号掲載〉

笠松明広

 本誌『部落解放』の編集長をかつて長らく続けてきた加藤昌彦の手になる『水平社宣言起草者 西光万吉の戦後―非暴力政策を掲げつづけて』(明石書店)を読んだ。「西光の生涯の空白部分だった戦後の活動を跡づけ、彼の全体像を補充する貴重な仕事である」と『図書新聞』が評価するとおりだが、やはり戦前、戦後の西光の歩んだ軌跡をとおして、「和栄政策」を描いてほしかった。もっとも、今回の作業と単行本化について「言うならば、『戦後西光万吉の資料と解説T』により近いものです」と、筆者がいうように、現時点ではないものねだりであることを承知している。
 西光は、普通選挙の実施による無産政党の勢いに恐怖した権力により、一九二八年の三・一五弾圧で逮捕され、一九三三年、日本共産党中央委員長だった佐野学と鍋山貞親による「獄中脱党(転向)声明」以前に「転向」し、仮出獄している。獄中でしたためたという「『マツリゴト』についての粗雑なる考察」では、高次的タカマノハラ=天皇をいただいた国家体制・皇産主義の展開などが主張されている。のちにこの考えは西光自身が参画する「大日本国家社会党」の綱領として確立される。綱領では、@天皇制国家、A資本主義の否定と国家による集中的計画経済、B国民は生存の自然的基礎(土地、資源)について平等の権利を有する。国民の生存に必要な土地、資源を世界の過当占有国民に要求する、Cアジア民族、有色民族の解放をもって、国民の与えられた使命と信じ、一大民族運動によって実現を期す、ことが謳われている。もちろん、この地点からも時局の推移にともなって、西光の思考は転回していく。『街頭新聞』を軸にした、西光による運動は、いわば「天皇制社会主義」の実現をめざすものだった。  じつに、戦前の日本の左翼は、マルクス主義を受容しながら、それを近代化論のひとつとしか見なかった。いや、正確にとらえることができなかった。たとえば、『資本論』でマルクスが展開した、商品のもつ使用価値と価値の矛盾が、価値形態として貨幣を、そして資本を生みだし、「労働生産過程」という実態を、形態として包摂する、ということの意味も理解することができなかった。
 佐野・鍋山による「獄中脱党(転向)声明」は、「コミンターンが近年著しくセクト化官僚化し、余りに甚だしくソ連邦一国の機関化し」ていると有効な批判をしながらも、天皇制とナショナルなものの無限大の肯定、というつまずきの石を露呈している。そして、「転向」してもつぎなる運動のリーダーは、やはりおれたちだ、という前衛主義、エリート意識を充満させている。そこにこそ、多くのシンパ層を持ちながらも自壊していく、いまにつながる日本共産党の歴史的限界があった。
 左翼などへの弾圧が強化されるなかで、西田哲学に代表される京都学派や日本浪漫派による「近代とはヨーロッパ中心に組み立てられた世界秩序だが、いまやヨーロッパ中心の近代世界は没落している。近代の世界秩序形成を担ってきた資本主義・民主主義・自由主義は機能不全に陥り、これら諸問題の克服という課題を抱えている。そして、その中で植民地支配に苦しめられてきたアジアが抵抗を始め、現代世界は多元的世界の統一形態に向かっている」などとする「近代の超克」論が、論壇でもてはやされた。そして満州事変は、閉塞した日本をこえる「新しい世界観の実現」とされ、「大東亜共栄圏」の肯定へつながる。そこでは、欧米によるアジアへの侵略阻止―アジアの解放、そのための欧米との戦争という、現実を捨象した観念が描かれる。
 水平社のなかでも、常に先端の思想を追い求め、近衛文麿の政策集団、「昭和研究会」の委員にも提言してきた西光が、こうした観念をみずからのものとしたとしても不思議はない。はたして、加藤の本のなかでは、戦争への認識として同様の観念が語られる。こうしてみると、全国水平社の創立大会宣言、大日本国家社会党、和栄政策と、時代との関わりのなかで、それぞれの濃淡を取り変えながら、転回し深化していく西光の思想に通底しているものが見えてくるのではないか。同様に、水平社の戦時下にあらわれた部落厚生皇民運動、大和報国運動などについても、時代状況と全体との関連を明らかにし、深く内接しながら研究していくことが、私たちにとっての戦争・戦後責任を問うこと、なによりも歴史の堆積による現代へのまなざしにつながる。
 ひるがえって、こうした作業は、「特別措置法」という特異な条件のもとでの部落解放運動の歴史の厳しい総括、今日の、とくに運動のなかで生起してきた「利権・腐敗」というものの解明とも連動するはずだ。このとき、ひとつのテーゼに対し、それを深化させる、さまざまな視点からの問いが準備されなければならない。そこにこそ、ラディカル(根源的)ということの真の意味が含まれているのだから。(文中敬称略)

(かさまつ・あきひろ/部落解放同盟中央機関紙『解放新聞』編集長)


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