コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/1/25up)




◆ 日本版US-VISITの危険性

〈『部落解放』2007年12月号掲載〉

小倉利丸

 この一一月下旬から、出入国管理の制度が大幅に変更になり、日本に入国する一六歳以上のほぼすべての外国人に指紋押捺と顔写真の撮影が義務付けられることになる。これは入国審査の際に、顔写真を撮り、指紋読み取り装置で指紋を読み取り、指紋データは「ウィッシュ・リスト」と呼ばれるブラックリストと照合するものだ。これらを拒否すれば入国できない。
 パスポートはすでに国際的な取り決めでICチップが組み込まれ、顔写真もデータとして収録されているが、今回の措置はそれに指紋押捺を強制するというもの。このシステムは「日本版US-VISIT」と呼ばれており、9・11以後に米国が導入した入国管理のシステム、US-VISITと同種のもので、海外での導入は日本が初めてである。
 指紋押捺を義務付ける理由は、指紋についてはすでに膨大なデータの蓄積があって、照合に便利だからだろう。しかし、元祖US-VISITについては、指紋照合用のブラックリストそのものにかなりの数の間違いが発見されており、その結果「テロリスト」(これもFBIなどが勝手に判断しているにすぎないが)でもなんでもない人が入国を拒否されるというトラブルがかなりの数にのぼっているということを『ワシントン・ポスト』紙が報じて大問題になっている。米国でもUS-VISITは、テロ対策として有効という評価も確定していないし、膨大な予算を使って圧倒的多数のまったく無関係の人々のプライバシー情報を一方的に政府が蓄積することになっているだけだという批判が強い。
 他方で、「もしやましいことがないのであれば指紋を取られることに文句を言うのはおかしい」とか、「テロ対策であるなら外国人なら指紋を採取しても仕方がない」などの指紋押捺擁護の意見がありうるだろうということは容易に想像がつく。しかし、戦後日本のテロの圧倒的多くは、日本人自らによるものだったことを考えれば、この出入国管理で外国人に指紋押捺が導入されるのは理屈にあわない。入国審査で「なぜ自分たちだけがテロリストと疑われ、なぜ日本国籍を持っているというだけでその疑いはもたれないのか」という疑問にはたして審査官は納得のいく説明ができるだろうか。わたしが「やましい」と思わなくても政府が「いかがわしいテロリスト」とみなすケースは世界中でいくらでもある。指紋押捺の強制は、人に対して犯罪者の可能性を示唆するもので、人の尊厳を損なう行為だ。こうした疑いをもって外国人を扱うことは国際法が許していない。指紋押捺は日本のかいらい国家だった満洲国で導入されて以来常に外国人管理の手段として利用されてきた。戦後も外国人登録制度に受け継がれ、やっとそれが一九九九年に廃止されたにもかかわらず、再びの復活である。
 指紋認証システムが携帯やパソコン、自宅や車の鍵など日常生活に拡がりをみせてもはや指紋押捺=被疑者扱いといった方程式は通用しないという意見がある。しかし、日常生活で自分の指紋を自分が管理できる携帯電話やパソコンで利用する場合と自分の指紋を政府(しかも外国の政府も)や民間企業や他人が取得するということは全く別のことだ。他人の手にある自分の情報を自分では自由にすることができないという問題は決定的に重要な事柄である。プライバシーの権利として他人の持つ自己情報をコントロールできる権利が主張され徐々に市民権を得つつあるが、これは実はあまり強い権利とはいえない。
 いったん取得された個人情報は半永久的に保持される可能性が高い。人間の一生を八〇年として、半世紀先の日本の政府が自分の生体情報をどのように利用するのか想像できるだろうか? どのような政治状況になっていたとしても権力者たちがプライバシーの保護と人権に配慮するなどということは言えないのである。むしろ個人情報を政府や企業に渡さないことが必要なのだ。
 いま、日本版US-VISITの実施については海外からも多くの危惧の念が出されている。九月下旬にカナダで開かれたデータ保護とプライバシー・コミッショナーの国際会議に出席した日本政府関係者もこのことを隠していない。日本はこうした外国人敵視と日本人を特別に優遇する制度をつくることによって、米国からは使い勝手のいい属国のように扱われ、ますますアジアから孤立するだけだろう。主権在民の原則からすれば、こうした政府の横暴は主権者の責任であって、主権者の責任は重いと言わざるを得ない。

(おぐら・としまる/ピープルズ・プラン研究所)
http://www.peoples-plan.org/jp/


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