コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/2/19up)




◆ 軍命は続いている

〈『部落解放』2008年2月号掲載〉

野村浩也

 文部科学省の教科書検定で、日本軍の命令による「集団自決」(強制集団死)の事実が高校歴史教科書の沖縄戦記述から削除された。この問題に抗議する「教科書検定意見撤回を求める県民大会」に一一万六〇〇〇人(主催者発表、宮古・八重山を含む)が結集したことは記憶に新しいが、二〇〇七年九月二九日の大会当日、沖縄宜野湾海浜公園会場の一隅に掲げられた横断幕のひとつがこう訴えていたことは、どの報道機関も伝えていない。
 「軍命は続いている」。これは、もっとも的確に沖縄の現状をとらえたことばのひとつといえよう。なぜなら、沖縄戦当時に発令された軍命は、今も実質的に継続しているといっても過言ではないからだ。この場合の「軍命」とは、すなわち、沖縄人を強制的に「捨て石」にすることを意味しているのである。
 沖縄人は、沖縄戦で日本人の「捨て石」にされただけでなく、戦後二七年間、日本国が独立するための「捨て石」として米国に差し出された。そして、その後も、引き続き安保の「捨て石」にされたまま現在にいたっている。つまり、植民地主義的に搾取されつづけているのだ。よって、「軍命」は、けっして過去のものではない。それゆえ、沖縄戦の死者の怒りは、沖縄人のなかに生きつづけているのである。そして、死者の怒りこそが、一一万人余を「県民大会」に結集させたのだといえるだろう。しかも、その何倍もの沖縄人が、死者の怒りとともに、会場以外の場所から大会を見守っていたのである。
 そもそも日本軍にとっての沖縄戦とは、「本土防衛」のための「捨て石」作戦であった。「日本人のためによろこんで捨て石になれ」と強制することによって、日本軍は、いたずらに沖縄人側の被害を拡大したのである。それはすなわち、日本人を守るために沖縄人を犠牲にする作戦であったといえよう。なぜなら、日本人が「本土決戦」を逃れることのできた大きな要因のひとつこそ沖縄戦の長期化にほかならないからである。つまり、日本人は、沖縄人を「捨て石」にして、四人に一人の沖縄人の命を犠牲にすることによって生き延びたといっても過言ではないのだ。そして、「集団自決」の強制や日本軍による沖縄人虐殺も、このような「捨て石」作戦の一環として実行されたのだ。他者を「捨て石」にする行為は、差別にほかならない。「捨て石」作戦を実行した日本軍の行為は、沖縄人に対する差別なのだ。その意味で、沖縄戦によって「本土決戦」を逃れた日本人もまた、沖縄人差別によって生き延びたといっても過言ではない。そして、このような組織的な沖縄人差別が具体化したもののひとつが、日本軍沖縄守備隊参謀長が発した以下の命令なのである。
 「沖縄語で会話した者はスパイとして処刑する」
 この命令のなかの「沖縄語」を「大阪弁」や「日本語」に置きかえてみれば、その常軌を逸した差別性と犯罪性は明白であろう。実際、沖縄戦では、沖縄語の使用や命令違反を理由に、幼児を含む多数の沖縄人が日本人兵士に虐殺された。だが、スパイの証拠はどこにもないし、そもそも幼児がスパイ行為をはたらけるはずがない。ところが、虐殺に関与した日本人は、ただの一人も処罰されていないばかりか、謝罪した者すら皆無なのだ。
 同じく、「集団自決」の強制も、沖縄人を「捨て石」にする組織的な差別にほかならない。すなわち、「日本人のためによろこんで死ね」「すすんで死を選べ」と強制したのだ。文科省が教科書検定で実行したように、この事実から日本軍の「強制」を削除すれば、日本軍そのものの差別性と犯罪性を隠蔽することが可能となり、結果的に「殉国美談」に仕立てることも容易になる。それは、犠牲者を再度「捨て石」にすることによって日本軍を美化する行為であり、今回の検定自体、犠牲者をもう一度差別するものなのだ。そして、過去の日本軍を美化することは、「未来の日本軍」を正当化する。その意味で、今回の検定は、安保や自衛隊の増強および改憲の策動とも結びついている。
 日本軍による「集団自決」強制を教科書から削除した文科省の行為は、沖縄人を「捨て石」にする差別を隠蔽する政治であり、隠蔽によって、「捨て石」化はくり返すことになる。「捨て石」化という差別を隠蔽することは、同時に、その差別の実践主体を隠蔽することでもあるからだ。そして、沖縄人は、七五%もの在日米軍基地を押しつけられることによって、今も、「日本人のために捨て石になれ」と強制されている。では、この場合、「捨て石」化の実践主体とは、いったいだれなのか。
 いうまでもなく、一人ひとりの日本人にほかならない。日本人とは、安保の負担としての米軍基地を過剰なまでに押しつけることによって、沖縄人を「捨て石」にしている張本人なのだ。この事実を隠蔽して「捨て石」化をくり返すのではなく、過去の「捨て石」化から学ぶことによって、「捨て石」を必要としない社会へと変革していくことこそ、一人ひとりの日本人がはたすべき責任といえるだろう。その方法のひとつは、米軍基地を沖縄から日本に持ち帰ることなのである。

(のむら・こうや/広島修道大学教授)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600