コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/3/18up)




◆ ちょっと待った、その本!

〈『部落解放』2008年3月号掲載〉

斎藤美奈子

 毎年一二月初旬に発表される年間ベストセラーランキングを注意してご覧になったことがあるだろうか。流行語大賞ほどには話題にならない年間ベストセラーだけれども、これはこれで時代を映し出しているのはまちがいない。
 昨年、二〇〇七年のランキングでは、一位が坂東真理子『女性の品格』(PHP新書)、二位を飛ばして、三位が渡辺淳一『鈍感力』(集英社)だった(一二月四日/トーハン調べ)。
 この並びを見た私は、ウンザリするのも通り越し、思わず苦笑してしまった。いえね、本の内容がくだらないとか、必ずしもそういう意味じゃないんです。別々に読む分には、どちらの本もそうひどい内容ってわけではない。ただ、二冊をセットで考えると、「これが二一世紀のニッポンの実態か」と思い知らされたような気がし、苦笑せずにはいられなくなるのである。
 まず『女性の品格』。「装いから生き方まで」というサブタイトルがついたこの本は、タイトル的には二〇〇五〜〇六年のベストセラー、藤原正彦『国家の品格』(新潮新書)のわかりやすい二番煎じであり、内容の面からいえば、女性読者に対する体のいい「説教」である。
 『国家の品格』が総論ならば『女性の品格』は各論ですといわんばかりに、出てくる出てくる、こまごまとした日常的な作法のあれこれ。
 礼状をこまめに書く、約束をきちんと守る、型どおりの挨拶ができる、相手に喜ばれる物の贈り方など(以上、第一章「マナーと品格」)。敬語の使い方、品格のある話し方、ネガティブな言葉を使わない、魔法の言葉「ありがとう」など(以上、第二章「品格のある言葉と話し方」)、流行に飛びつかない、インナーは上質で新しいものを、姿勢を正しく保つ、贅肉をつけないなど(以上、第三章「品格のある装い」)。
 その説くところを一言でいえば「人間、気配りが大切だ」であろう。提言のひとつひとつは、たしかに「ご無理ごもっとも」で、とりたてて反対しなければならない理由は見当たらない。けれども、この本の横にもう一冊のベストセラー『鈍感力』を置くと、『女性の品格』の特質が逆に浮かび上がってくるのである。
 『鈍感力』の説くところ、それは「人間、こまかいことでくよくよするな」であろう。叱られてもへこたれない、図にのることも大切だ、皮肉も批判も聞き流せ、五感も胃腸も少々鈍いくらいのほうが生きやすい……。これまた提言のひとつひとつは「なるほど、ごもっとも」である。がしかし、よく考えてみると、この本が説く思想は『女性の品格』と一八〇度逆なのだ。
 『鈍感力』は「PLAYBOY日本版」の連載エッセイをまとめて編んだ本である。つまり想定された読者は明らかに男性である。
 と、ここまでいえば、いいたいことはおわかりだろう。女性は細部にわたる気配りを。男性は少々のことでは動じぬ鈍感力を。これってつまり、明治・大正・昭和を通じて延々と受け継がれてきた、従来のジェンダー規範そのままじゃございません?  ところで、くだんのランキングでさっき飛ばした二位は何だったのだろうか。
 答えは田村裕『ホームレス中学生』(ワニブックス)。お笑いコンビの片割れの自伝的エッセイということで話題になった本である。
 妻を亡くし、自らも病気でリストラされて生活が荒れ、ある日突然「家族の解散」を宣言して、子どもたち(大学生の長男、高校生の長女、中学生の次男)の前から姿を消した父子家庭の父。住む場所も失った三人の子どもたちは文字通り路頭に迷い、当時中学二年生だった著者もひとり公園で暮らすハメになる。この本が売れたのは「格差社会」や「ワーキングプア」などの語がメディアを騒がせている昨今の不安感とも無関係ではないかもしれない。
 にしても、なにか、すごい図式である。
 女には「品格」という名の枝葉末節な気配りを求め、男が「鈍感力」という名の無責任さに居直っている一方で、その間に挟まれた子どもたちはホームレス? 「浮浪児」「戦災孤児」と呼ばれるストリートチルドレンが社会問題になっていた敗戦直後ならいざ知らず。
 まあでもそれが、二〇年目を迎えた平成のひとつの風景だってことだろう。これでは昭和どころか明治・大正とも大同小異だが、昨年の夏までの日本が保守回帰志向バリバリの安倍政権下にあったことを思えば、さもありなんか。
 せめてもの救いは小泉ほどには安倍が「鈍感力」を持ち合わせていなかったことである。『女性の品格』も『鈍感力』もイヤだけど、『美しい国へ』(文春新書)の時代には二度と戻りたくない。

(さいとう・みなこ/文芸評論家)


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