コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/5/20up)




◆ 日本再生のために

〈『部落解放』2008年5月号掲載〉

有田芳生

 日本が劣化しつつあるといわれてから久しい。「耐震偽装」「食品偽装」から年金問題に見られる「政治偽装」まで、日本中がニセモノだらけだ。一年間に会社社長などが頭を深々と下げて謝罪しているのをグラビアで特集した週刊誌があった。小さな写真で見開きいっぱいの謝罪シーン。私はそれを見ていてシステムが機能していないだけではないと確信した。この日本は人間までもが劣化しつつあるのではないか。二世、三世が当り前になった国会議員の「粒」が小さくなっているというレベルのことではない。もっと本質的な人間的本性がおかしくなっている。「人を殺す経験がしたかった」などという「一七歳の犯罪」が全国で頻発したのは、いまからもう一〇年ほど前のこと。さらに異常は深まりつつある。警察庁が二月一日に発表した二〇〇七年度の殺人事件認知件数は一一九九件。統計上は戦後最低である。学者や評論家はこうした数字を見て、「殺人は減っているんです」としばしばマスコミなどの過剰報道を批判する。もちろんメディアの問題はある。しかし現実を統計的にしか評価することができない言説など、ほとんど役に立たない机上の空論に近いと私は断言する。むしろ有害だといってもいい。なぜなら日々の暮らしのなかで子育てをしている世代には、身体で感じる不安が広がっているからだ。
 たとえばここ数年間の殺人・殺人未遂事件は、その約半数が家族内で起きている。「カプセル家族」と表現されるように、近隣の家族の様子が外からではうかがい知れないようになっている。高度経済成長とともに共同体が崩壊し、家族形態も変化していった。町内会の人情などが消えていき、路地で遊ぶ子どもたちの姿もまた見られなくなっていった。家族集団が孤絶化し、不透明な幕で被われてしまったかのようだ。人間関係の変質がそこで蠢いたときに陰惨な事件が発生する。兄が妹を殺害して遺体をバラバラにする。息子が母などを殺害して遺体の腹部を切り裂き、そこに人形をねじこむ。妻が夫をワイン瓶で撲殺し、遺体を切断して、頭部をカバンに入れて電車に乗って捨てに出かける……。親の子殺し、子どもの親殺しなども毎日のように報道されている。まさに異常だ。動機不明の事件が増えだしたのは一九八〇年代からだと言われている。かつては貧困や人間関係のトラブルなど、犯罪動機にはそれなりの社会的了解があった。少年グループがホームレスを「ゴミだ」と殺害した事件が横浜で起きたのは一九八三年。このあたりから不可解な事件が目につくようになった。
 そうはいっても事件は特異で多くの人たちには遠い世界だ。だが人間変化の土壌が広がっているとしたら問題は広く伏在しているといわなくてはならない。一例をあげよう。いまや携帯電話は、電話機能だけではない。圧倒的にメール送受信機であり、音楽やテレビまで使える小さな機械だ。データを入力すれば、自分の趣向に合った店を案内してくれ、健康ナビゲーターまで行ってくれる。もはや実体からいえば「ケータイ」と表現するのが相応しい。この小さな機器の開発費は、一機種で一〇〇億円。しかし進化の激しさに技術者さえ「ケータイ」の意味が「わからない」という始末だ。まさに人間が「機械の奴隷」になってしまっている。とくに子どもたちへの影響は予想外のものがある。ケータイでメールを送ったなら、一〇分以内に返信しなければならないと思っている子どもたちが多い。送信者からすればすぐに返事がなければ「あいつはひどい」と思うそうだ。「いじめ」問題がここには孕まれている。
 メール送信頻度が「いじめ」行為に比例しているという、全国高等学校PTA連合会などによる調査がいくつもある。相手を辱め、呼びだすにもメールが使われているからだ。かつて腕時計が発明され、人びとがそれを使うようになって、時間感覚、身体感覚が変化していったように、ケータイを持つことで人間的感性まで変わりつつある。全国の自治体ではテレビを見ない日を作る努力だけでなく、最近では石川県野々市町のようにケータイを持たない試みまで行われるようになった。「持たない」ことで「いじめ」が減ったという成果もある。だが科学技術の発達と普及を押しとどめることはできない。産業革命時に機械打ち壊しの「ラッダイト運動」が起きたが、それも時代の流れに押し流されていった。いま必要なことはケータイとのつき合い方を試行錯誤しながらでも身に付けていくことだ。子どもたちが変化してきたのは社会との関係、大人との関係においてである。学校や家庭でケータイの利便性とともに危険性を語り合っていこう。そのためには、まずは大人がケータイから自由になることだ。「着眼大局 着手小局」。大きく世界を見つめつつ、着実に足元から変えていくこと。日本のこれ以上の崩壊をとどめ、再生をはかるための時間は少ない。

(ありた・よしふ/ジャーナリスト、新党日本副代表 )
http://www.web-arita.com/


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