コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/7/29up)




◆ 勘違いだらけの日本型ジャーナリズム

〈『部落解放』2008年6月号掲載〉

上杉 隆

 日本のジャーナリズムの劣化が著しい。
 いまや、権力監視という最低限の機能を果たせないばかりか、公権力側に立って恬として恥じない有様である。象徴的なのは、かつては“社会の木鐸”とまで呼ばれた新聞、とりわけその社説の迷走ぶりが酷い。とくに福田政権になってから、その傾向に拍車がかかっている。
 新テロ特措法成立前、新聞は、仮に自衛隊によるインド洋での給油活動がストップすれば、日本の国際的信用力は低下する、と書いた。だが、現実は、艦船二隻が日本に戻ってきている間もインド洋でのオペレーションは不断に行われ、日本政府の国際的信用が低下するという事態はなかった。
 日銀総裁人事でも同様だ。政府の人事案を野党が蹴り、一時的に総裁が空席になる前、新聞は野党の国会対応を責めた。仮に、中央銀行総裁が空席になった場合、日本の金融市場は混乱し、国際的信頼性が損なわれる、というものだった。
 結果は、もちろんそうはならなかった。ところが、自らの非を認めたくない新聞は、欧米のメディアは日銀総裁の空席によって、日本経済は打撃を被るだろうと報じている、として危機を煽った。
 ところが、実際は、英誌『エコノミスト』が「JAPAIN」というテーマで書いたように、単に、日銀総裁も決められないほど日本の政治は弱体化しているというものばかり。つまり、新聞は、存在しない危機を勝手に作り出し、政府の言い分を補完する役割を自ら担ったに過ぎなかったのだ。
 さらに道路特定財源の一般財源化に関する社説も、政府の広報機関かと見紛うような代物ばかりであった。
 三月末、福田首相は緊急の記者会見を開き、年度末までに税制関連法案が通過しなければ、ガソリン価格が下がり、国民生活は大混乱に陥る、と警告した。即日、新聞やテレビは政府発表に同調し、「混乱へ」と報じ、野党の対応を批判した。
 だが、混乱したのは政府と地方議会、そして役人と石油関連業者だけで、多くの国民はガソリン値下げを享受しただけであった。
 一連の社説に共通しているのは、そのどれもが政府による発表に頼り切り、それを疑問にすら思わない批判精神の欠如である。日本の新聞は、いったいいつから、公権力の一部になってしまったのだろうか。
 日本に赴任したばかりの海外の記者たちがまず驚くのは、ハイヤーに乗って取材する同業者(記者)たちの姿だ。
 筆者はかつてニューヨークタイムズ(以下、NYT)東京支局で働いていた。一九九九年、その東京支局に、新しい特派員が赴任した時の“喜劇”は今でも忘れられない。
 日本に来たばかりのその記者は、まず新聞社から黒塗りのハイヤーが次々と発つのを見て、筆者にこう尋ねてきた。
 「なぜ、日本の新聞の経営陣は、みんな若いんだ?」
 筆者は、最初、彼がなぜそう言っているのか理解できなかった。NYT東京支局は、朝日新聞本社ビルの中に入っている。その特派員は、朝日新聞の記者たちがハイヤーに乗って出掛けるのを見て、てっきり経営陣だと勘違いしていたのだ。そこで次のように説明した。
 「彼らは経営者ではなくて、記者だ」
 すると、彼は大仰に驚きながら、今度はこう尋ねてきた。
 「日本の記者はみんな金持ちなのか? 日本では大金持ちでないと記者になれないのか?」
 筆者は、夜討ち朝駆け取材と記者クラブ制度の存在、そして、ハイヤー代は会社から支給される旨を説明した。すると特派員はさらに驚いてこう述べたのだ。
 「あんな車に乗って、いったいどうやって取材をするんだ?」
 日本にいる海外メディアの記者たちは、電車やバスで移動して、その間に市井の人々と話したり、街の広告から情報を得たりと、一般の人と同じ目線で動き、考え、取材活動に活かしている。
 ところが、日本のマスコミの場合、ハイヤーを使ったりしているから、政治家や経営者などと同じ目線になりがちだ。そして、次第に向こう側(権力側)の世界に入っていることに気づかなくなり、いつのまにか同化してしまうのだ。
 それが何十年も続いていくと誰もが大いなる勘違いをするようになる。ハイヤーに乗って、自分の父親くらいの運転手を使えば、悪意はなくともその環境に慣らされてしまう。結果、大組織の論理が頭を擡げてき、ジャーナリストとしての独立性を失ってしまうのだ。
 まさしく、その結末が昨今の社説に反映されているということではないだろうか。健全な批判精神と、素朴な懐疑主義を忘れてしまったジャーナリズムに、未来はない。

(うえすぎ・たかし/ジャーナリスト )
東京脱力新聞2.0 http://www.uesugitakashi.com/


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