コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/7/29up)




◆ “弱く”生きる

〈『部落解放』2008年7月号掲載〉

向谷地生良

 海外渡航経験のない私が初めて訪れた外国がカナダである。ちょうど四年前になる。海外旅行のきっかけは、娘たち(高校生と中学生)に誘われたということもあるが、そもそもは、私の住む北海道浦河町にある高校に交換留学生としてカナダから来ていたステファニィのホームステイ先が、私の勤めていた病院の精神科医宅(川村家)であったということがはじまりである。「子どもの身体の一割は川村家のご飯でつくられた」というほど家族同然のつき合いをしていた私たちは、自ずとステファニィとも交流が生まれた。三カ月の短期留学であったが、帰国後に「ぜひ、カナダに遊びに来て」と、子ども同士の誘いに乗って私も妻と共にその年の夏休みにお邪魔することになった。
 カナダの魅力はなんといってもその雄大な自然にある。ステファニィは北海道の風景はカナダに似ていると言っていたが、特にキャンプをしたロッキー山脈の麓バンフーの山並みと湖や緑の色合いは、独特の風情と迫力をもって私たちを包み、まるで地球の地肌に触れたような感触を私にもたらした。この感覚は、北海道では味わえないものである。そして、私としては、初の海外ということもあり職業的な関心から、ぜひ、進んだカナダの精神保健福祉施策の現状を少しでも見たいと思い、つてを頼ってトロントの著名な精神科病院と「クラブハウス」という、精神障害をもった人たちの生活支援拠点を訪ねた。
 カナダに滞在する中で、私は、理屈抜きの不思議な感情に自分が侵食されていくのを感じていた。それは、一週間という短い滞在であったが、カナダという国に対する“愛おしい”感情と“この国を失ってはならない”という感覚であった。それに似た思いは、家族や友人に抱くことはあっても、少なくとも「国」に対してそのような感情を持つことはなかったような気がする。その感覚は、今まで日本で暮らした中では感じたことのない、言いようのない深い感情であった。そして、私は初めて「国を愛する」ということの意味が、わかったような気がした。
 私は、突然自分を包み込んだ感情の意味を、カナダに居ながらずっと考えていた。それを言い表すならば、カナダに暮らす人たちや国そのものの底流に流れる、生きることへの「慎ましさ」や「わきまえ」に対する安堵と共感だったような気がする。
 ステファニィが日本滞在中にタバコの自販機を見て仰天し、「カナダの友だちをびっくりさせてやる」と言ってその前で記念写真を撮っていたことがある。カナダでは、アルコールも人の心身に影響を与える飲料ということで特別に指定された店でしか販売されていない。公共の建物も簡素で、博物館では高齢者がボランティアで働いていた。
 私が日本で感じていたある種の“規範のなさ”に対する恐怖をカナダでは感じることがなかった。この感覚は、説明しようとすればするほど伝わりにくい感覚のように思う。そして、それは公共心の乱れを正そうと、声高に道徳や倫理教育の導入を学校現場に求めようとする立場や、有害なものは規制を強化し、取り締まれという立場とも異なる。別な言い方をするならば、カナダという国の底流には「人は弱いものだ」という深い自意識と、それに基づいた、人に強いられたものでない「慎ましさ」や「わきまえ」があり、私はそのことに安堵したのだと思う。それを実感したとき、数日で私はカナダという国の「愛国者」になっていた。  昨年の七月から今年の一月まで、半年にわたって浦河に滞在し、精神障害を持った人たちの地域活動拠点である「べてるの家」のフィールド研究をした文化人類学者がいる。エール大学文化人類学部のナカムラ・カレン准教授である。「べてるの家」は、三〇年近く、過疎化がすすむ浦河という町で日高昆布の産地直送などに挑戦し、現在は、障害を持った人たちの居住支援や就労支援をしている。
 彼女は、れっきとした日本人であるが、同じ文化人類学者であった両親の仕事の関係上、ほとんどを海外で過ごした典型的な帰国子女である。中学から高校と日本の学校に通ったが、いじめにもあい、日本の文化にもなじめず、彼女は実質的な“母国語”が使えるアメリカに渡って大学に入り現在に至っている。その彼女が研究的な関心から日本の障害者運動の現状をリサーチする中で耳にしたのがべてるの家であった。
 彼女は、べてるの家の共同住居に寝泊まりしビデオカメラを担ぎながら、“問題だらけ”の現場に降り立った。取材を重ねる中、彼女が語った言葉で忘れられないのが、「私は、べてるに来てはじめて日本人が好きになりました」というものだった。日本人でありながら「日本人が嫌い」という複雑な感情をいだいて生きてきた彼女に「好きになった」という実感をもたらしたのは何かを考えたとき、私はべてるの家とそれに連なる人たちに染みこんだ「弱さの文化」ではないかと思っている。
 「強さの文化」を志向して止まない日本の現状の中で、「弱さの文化」に生きることは至難の業である。しかし、私たちには「過疎化」と「精神の病」という二重の“好条件”が与えられている。その意味では、日本という国が陥っている今の苦境こそが、日本を目覚めさせ「弱くなる」チャンスなのである。

(むかいやち・いくよし/ソーシャルワーカー、社会福祉法人浦河べてるの家理事 )
社会福祉法人浦河べてるの家 http://www18.ocn.ne.jp/~bethel/


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