コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/8/19up)




◆ 9条護憲派の変質

〈『部落解放』2008年8月号掲載〉

今井 一

 『朝日新聞』が五月三日付の朝刊で発表した「憲法改正」に関する世論調査によると、改憲賛成派(五六%)が反対派(三一%)を上回っている。ただし、九条に限っては逆に[六六%:二三%]で改憲反対派が賛成派を圧倒。護憲派は、「小泉元首相、安倍前首相らが見せた九条改憲志向に対抗する草の根の運動が功を奏した」「九条の大切さが多くの国民に浸透しつつある証」―― と言って喜んでいる。なるほど、国民投票で賛成多数を獲得しないと成立しない「明文改憲」は遠のいた。だが、私には「九条」をめぐる問題はむしろ深刻さを増しているように思える。
 かつて、九条護憲派というのは、その多くが九条をまもれと言うだけではなく、日米安保を廃棄、自衛隊は災害救助隊や国境警備隊に改組すべしと主張していた。代表的な論客としては、長谷川正安・名古屋大学名誉教授や渡辺治・一橋大学教授らが知られているが、彼らは、今でもそうした主張を保持している。
 ところが、ここ数年、九条護憲派と称される人のウィング(翼)が広がった。これは長谷川氏や渡辺氏のような旧来型の九条護憲派への支持が拡大したからではなく、日米安保や自衛隊の存在および活動を是認する新しいタイプの九条護憲派が増えたことによる。
 たとえば内田樹・神戸女学院大学教授は、その共著書『9条どうでしょう』(毎日新聞社)の中で、九条と安保・自衛隊は併存可能であるというより、両方が存在していないと成り立たない双生児のようなものであって、二つが相補的に併存してきたからこそ日本はこの半世紀を乗り切ってこられた、という趣旨の主張をしている。
 また、朝日新聞が〇七年五月三日付の朝刊に掲載した「地球貢献国家をめざして」と題する社説集を見ると、九条をわざわざ変える必要はないと述べた上で、九条と安保の組み合わせについては、「政治の現実的な知恵である」と主張。
 さらに、山口二郎・北海道大学教授は、『週刊金曜日』(〇七年一〇月二六日号)において、「護憲派が〈非武装中立〉に象徴される純粋な九条を掲げる一方で、宮澤喜一・後藤田正晴のような自民党ハト派の〈九条〉もあったと。それは、〈専守防衛の自衛隊はあっていい。それで対処できなかったら、日米安保で〉というように自衛隊と安保を包摂した〈九条〉なのです」と述べている。
 ちなみに、こうした考え方を総称して「大人の知恵論」と呼んでいる。彼らは、九条の価値を認めつつも安保・自衛隊を容認する考え方であり、安保・自衛隊を容認しない旧来型の九条護憲派とは相容れない――はずなのだが、実際には新・旧間に対立や論争は見られない。
 この点について、渡辺治氏に直接確かめたところ、内田樹氏らとは安保・自衛隊に関して意見が異なるが、「同じ九条護憲の仲間なのだから、現段階では彼らの主張を批判しない」という。理念より戦術を優先するなら、それは当然のことなのかもしれない。
 私の知る限り、そうした新旧九条護憲派の姿勢に対し明確に異議を唱えているのは、一部の沖縄の人たちのみ。知花昌一氏(沖縄県読谷村議)は、「九条をまもれと言いながら日米安保や自衛隊もあっていいというのは、沖縄の人間を犠牲にすることを前提にした九条護憲論ではないか」と語り、宮城保氏(辺野古の命を守る会・ヘリポート建設阻止協議会事務局長)も、「元々、日米軍事同盟と九条の併存など成り立たない話で、沖縄では九条が欠落しているという認識が彼ら(内田氏ら)にはない」と反発する。
 とにかく、今は九条の条文をまもるという一点でウィングを広げたい。そのためには、大きく広がった翼を折ってしまう恐れがある論争は控える――これが、旧来の護憲派ブレーンの戦術的判断なのだ。読者の中にも賛同する人が少なくないだろう。だが、目先の損得だけを考えての判断、選択は、あとになって必ずツケが回ってくる。
 「日米安保の是非」や「自衛隊の是非」など、他の世論調査の結果とあわせて分析すれば容易にわかるが、冒頭で紹介した九条改憲に反対する六六%の人々の半数以上が、現状での日米安保や自衛隊の存在および活動を是認している。つまり、より正確に言えば、六六%という数字は、本来の九条護憲派が盛り返したのではなく解釈改憲派が増えたということなのだ。六六%の上っ面だけを見ず、内実を凝視してほしい。
 このままいけば、[国民投票での決着という国民の主権行使]を疎外した形での解釈改憲が定着し、先ほど述べたツケが、いずれ「(九条を保持しながら)自衛権の行使と称する交戦に突入」という現実となってまわってくる。それでも、批判・論争は控えるというのだろうか。

(いまい・はじめ/ジャーナリスト)


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