コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/9/18up)




◆ 派遣労働者の権利を守るために

〈『部落解放』2008年9月号掲載〉

中野麻美

 日雇派遣や偽装請負問題が新聞・雑誌の誌面をにぎわせるようになって、この種の労働形態に関心が向けられるようになった、ちょうどその折、秋葉原無差別殺傷事件が起きた。容疑者が、派遣会社である日研総業からトヨタの下請けの関東自動車工業東富士工場に派遣されていた労働者だったことから、「おまえは大丈夫か」など、派遣労働者がいじめを受けるのではという懸念の声があがっているという。ただでさえユーザーである派遣先は派遣元・派遣労働者に対して優越的な立場にある。それが派遣労働者へのいじめやパワハラ、差別の土壌にもなっていて、こうした懸念は決して杞憂ではなく現実のものだ。この派遣労働の構造とリスクは、実は、容疑者が無差別殺傷へルビコン川を渡るきっかけを生み出したものでもある。日研総業から派遣されて働く労働者で組織される労働組合が問題にしているのは、五月二六日の一斉契約終了通知以降、派遣先は、二八日には一〇名の氏名を特定した派遣終了を通知し、さらに六月二日には残ってほしい五名を特定しての派遣終了を通知するというように、派遣元・派遣労働者を翻弄してきたということだ。そうした乱暴な契約の打ち切りが派遣労働者を精神的にも窮地に追いやっており、そうした労働者派遣の構造とリスクが問題だというのである。派遣先が、契約中途解除の場合に義務付けられた雇用安定措置を講じていたかどうかにも重大な疑問があるという。
 労働者派遣や請負・委託のように第三者に労務を提供する形態は、労働関係のなかに商取引を含んでおり、それが労働者の雇用や労働条件を実質的に決定づけていく。商取引には、独占禁止法が適用されて競争を促進させられるから、労働契約関係に及ぼされるべき労働者保護法の機能をそいでしまう。業者間契約のレベルでは、解雇制限法理のような、「契約を解除したり打ち切ったりするには合理的な理由が必要だ」という法理は働かない。供給先は都合次第で契約を打ち切ることができる。それに、業者間の「安売り」競争にさらされて雇用と労働条件は急激に「値崩れ」してしまう。人間の労働は、商品のようにストックがきかない。生産調整や在庫調整は不可能で、その日を生きるために人間は、「値崩れ」を目前にしても契約を結んで働かなければならないから、労働法による競争抑制原理の適用が不可欠な要請となる。だからこそ、商取引を含んだ労働関係は、もともと職業安定法によって禁止されてきた。それを労働者派遣法は、派遣労働者の雇用の安定など権利が確保でき、常用代替を防止できる場合に限って労働者派遣を合法化したのだった。ところが、その規制枠組みはきわめて不十分なもので、偽装請負=違法派遣が加速度的に拡大し、労働法違反や人権侵害が蔓延することになった。今回のように派遣契約が打ち切られれば労働者の雇用も失われるという登録型派遣を認めたことも大いに問題で、雇用のコマ切れ化がどんどんすすんだ。
 違法派遣に対応するという名目で適用対象業務をネガティブリスト化した九九年以来、労働者派遣の姿は一変した。どんな仕事でも派遣で対応可となれば、労働者派遣は買い叩きの道具として公然と社会にその地位を占めるようになる。登録型派遣を認めたことに対応する規制の見直しはわずかしかなかったので、この法見直しは、派遣先に圧倒的に有利な力関係のもとで賃金と雇用が際限なく買いたたかれ、大規模な常用代替が促進されていく、そんな危険性を急速に高めたのだった。
 人件費を人間に対する投資より単なるコストとして究極の削減をはかろうとする産業界の流れとともに、労働者派遣法は、人間の労働を誰にでも入れ替えのきく「使い捨てパーツ」としてモノ化する傾向を強めることに一役買った。そして、労働者から、公正に報われるという実感や、将来の職業や生活の見通し、さらには自分が人々から認められた大切な人間であるという「自尊」の念を削ぎ取るような働き方が広がった。たまたま「失われた一〇年」に就職するようになったロストジェネレーションなど、これまでの正規雇用のように、「将来の自分」像を追求できる安定した雇用、安心して働けるやりがいのある仕事を得られない人々が急速に増えている。それは、グローバル競争や社会が抱えてきた差別(「派遣」労働者という差別も含まれる)や、労働の尊厳を損なうような規制緩和政策といった、個人の努力では克服できない要因によるもので、それだからこそ強い閉塞感が人々を支配することにもなる。そうした環境が暴力の温床となること、そして、差別と暴力は、その原因を取り除くための不断の努力を続けなければ世代を超えて再生産されることに、社会はもっと関心を払うべきだ。労働力の買い叩きと常用代替の促進を許さない、派遣労働者の法的保護の水準を格段に高めることが、この問題を解決する糸口の一つといえる。日雇い派遣の禁止に限定して労働者派遣法を改正する政府与党の動きもあるが、この際、派遣労働者の権利と生活保証を基本に据えた労働者の権利法として抜本改正されるべきだ。

(なかの・まみ/弁護士)


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