コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2008/12/22up)




◆ 弁護士から人権NGO職員へ

〈『部落解放』2008年12月号掲載〉

土井香苗

 この秋、初めて転職した。八年間にわたる弁護士業に一区切りつけ、国際NGOの職員になったのである(とはいっても、弁護士資格は保持しているが)。新しい身分は、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW、本部=ニューヨーク)のスタッフだ。これまで、弁護士として依頼者から報酬をもらえる仕事をする一方、時間を見つけて公益活動を行ってきた。とくに力を入れてきたのは、日本に逃げてきた難民たちの法的支援だ。たとえば、アフガニスタン、中国、イラン、エチオピア出身の難民たちのために法廷で保護を訴えたり、難民認定法改正のためのロビーイングをしたり。大学時代に、アフリカで一番新しい国エリトリアで法律作りのお手伝いボランティアをして以来、世界中の人権問題に取り組む、と決めていたのだ。
 この生活もやりがいはあった。何より先輩弁護士たちの情熱的な仕事ぶりに触れられたのが大きかった。でも、やりたいことはもっとたくさんあって、時間が全然足りなかった。それで、弁護士業務に区切りをつけ、このたびNGO/NPOの公益業務に専念することになった。長年の夢がかなってとてもうれしい。収入が下がるのになぜ、との質問も受けるが、かえって、これ以上の贅沢はないと思っている。そもそも、HRWスタッフの採用倍率は平均三〇〇倍(!)。少々ペイが悪くても、人権のために働きたいという人は世界中にたくさんいるのだ。NGO内弁護士はおそらく日本初。早く、NGO内弁護士も普通になればなあと思う。なにせ、HRWの職員の約半数は法律家なのだ。
 私が、弁護士業を打っちゃるまでほれ込んだHRW。日本では、あまり知られていないが、今年、創立三〇周年の組織で、とくに欧米ではその名はかなり広く知れ渡っている。HRWは、調査とアドボカシー(政策提言、ロビーイング)のNGO。常に被害者の視点から公平かつ正確な調査を行い、真実を世界に知らせ、人権侵害を止める力になってきた。  揺るぎのない人権被害者の視点、正確なリサーチ(毎週、二〜三本の報告書)、世界中の政府にしろ反政府団体にしろ人権侵害があれば誰でも遠慮なく批判する一貫した姿勢、そして、世界各国の首都や国連などでのスピーディーなロビーイング――国連やEUやそのほか各国政府の進歩的な人権政策の裏で、実はHRWがお膳立てしていることも多い。世界四八カ国の国籍からなる専門スタッフたちが連携して世界各地で繰り出す人権パンチ(?)は圧巻だ。内部に入って、その強烈なプロフェッショナリズムに改めて、ほれ込んでしまった。
 HRWは、アムネスティ・インターナショナルと並ぶ世界最大級の国際人権組織。世界八〇カ国の人権侵害に目を光らす。職員は全世界に三五〇人いるが、八〇カ国をカバーし、世界の主要首都にアドボケット(ロビーイング/政策提言担当者)をおいていることを考えると、決して十分な人員ではない。世界では、グルジア紛争で、アフガニスタンで、スーダンのダルフールで、スリランカで、その他世界各地で、子どもを含む罪のない人びとが、拷問、拉致、紛争下の無差別殺害などにさらされている悲惨な現実がある。そして、そこには、必ず、人権侵害の責任者たちがいる。人権侵害は自然におきる現象ではなく、れっきとした人為的な違法行為だ。
 HRWは、こうした違法行為を止めるため、そして、人権の尊重される社会を実現するため、日本社会(とくに日本政府)がより積極的な役割を果たすよう、アドボカシーを続けていく。その先頭に立つのが私の役割だ。日本が、人権のためにより大きな役割を果たす国になれば、もっと人間的な世界を実現できると確信している。
 たとえば、ビルマ(ミャンマー)。日本は、〇九年から再び安保理理事国となる。その中で、日本が長年最大の財政援助をしてきたビルマ問題も重要課題だ。アウンサンスーチー氏を含め、今も約二一〇〇人もの政治囚がいる。ビルマ軍による非戦闘員を区別しない残忍な対反政府勢力軍事作戦のため、国内東部だけで約五〇万人が避難民になり、約一五万人の難民がタイに逃れている。世界で最も多くの子ども兵士を使用しているだろうといわれるビルマ軍に真の圧力をかけるため、子ども兵士問題を扱う安保理の「子どもと武力紛争作業部会」で日本政府が果たせる(そして果たすべき)役割も大きいだろう。ビルマ軍事政権の後ろ盾となっている中国やロシアをしっかり批判し、説得する必要がある。ただ、皆様がお察しのとおり、日本政府の行動を変えるのは簡単ではないと思う。きっと苦労するよなあ……また、HRW内部も、国際NGOとはいっても、アジアの東端の私から見ると「NY中心」だなあと思うような苦労もないわけでない。しかし、HRWのエキスパティス(専門技術・知識)を日本でも開花させることが、世界の人びとのために、ひいては日本政府がもっと尊敬される国家になるためにも、必要と確信している。今後、HRW東京オフィスをオープンし、スタッフを増やし、ますます力強い「HRW・チーム東京」を実現していきたい。

(どい・かなえ/弁護士、ヒューマン・ライツ・ウォッチ 東京ディレクター)

Human Rights Watch-Defending Human Rights Worldwide http://www.hrw.org/


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600