コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/2/20up)




◆ 反日・非知的事実歪曲言論としての「わしズム」

〈『部落解放』2009年2月号掲載〉

上村英明

 小林よしのりが責任編集を務める『わしズム 日本国民としてのアイヌ』(小学館/〇八年一一月号)が出版された。理論的バックは文化人類学者の河野本道らしいが、その展開ではどう考えても筆者の著書『知っていますか? アイヌ民族一問一答 新版』も恣意的に使われている。この手の事実歪曲言論には、正面から反論しない、つまり無駄なエネルギーを使わないのが一般的な「得策」だが、正反対の結論に著作を使われた者としてはムカつきを通り越して、怒り心頭だ。反論は何点も可能だが、他の論者と重複しないよう数点のみ指摘しておきたい。良く聞け、小林!
 『わしズム』によれば、アイヌ民族を「先住民族」とすることは不可能らしい。河野本道の、アイヌは「民族」ではなかったという「学問的」言説が根拠のようだ。しかし、まずもって理論の組み立て自体が本末転倒である。簡単にいえば、「先住民族」は、人類学や民族学の用語ではなく、国際人権法上の用語だからだ。つまり主張の土台そのものが、「学問的」に成り立っていないのだ。
 「先住民族」を考える出発点は、植民地主義と差別政策である。たとえば、日本政府は、一八六九年開拓使を設置し、北海道に植民地主義を持ち込むと同時に、「旧土人」と呼んだ集団に、制度的な差別を行った。土地の収奪、文化の剥奪などは、日本政府が法律や行政命令を使って行ったのだ。対象は今日「アイヌ民族」と呼ばれる人々である。小林は、この同化は差別の解消のために行われたとする。アイヌ民族は、当時その言語、文化、歴史、伝統などにおいて十分に「大和民族」から区別される存在であったが、「大和民族」こそが「善」、アイヌ民族の持つ価値はすべて「野蛮や未開」で価値のないものと決めつけた、そうした同化政策が差別を解消したとなぜいえるのだろうか。単純なことだが、北海道(アイヌモシリ)に入植した「大和民族」は、その政策に従って差別を行い、そして差別は格差を生み、さらなる差別につながった。この時、「旧土人」という戸籍上の地位を設けひとつの集団を作ったのは日本政府自身であり、これは明白な歴史的事実以外の何物でもない。「先住民族」とは、こうした政策やその影響の犠牲となった人々の権利を回復するための概念である。皇民思想を受け入れたアイヌの英雄として小林が称賛した、北風磯吉や山辺安之助の行動は差別に対する怒りやアイヌ民族の地位向上を願う深い思いがその真意にあった。小林はそれを歪曲して扱った。
 「先住民族」の権利は、人類学や民族学のいう「民族」でなければ保障されないということはない。そもそも植民地主義の犠牲者に完全な「民族性」が確保されることはありえない。別の言い方をすれば、河野の誤りは「人民の自己決定権」という国際法上の言葉を戦前の日本で「民族自決権」と訳した誤りを土台にしたものだ。たとえば、リンカーンが唱えた「人民」は、「民族」でなくとも自己決定の権利体系を享受することができる。つまり、「先住民族」とは正確にいえば「先住人民」とも呼べる存在なのである。
 さらに、アイヌ民族という存在を認めることは「国民」を分断すると、小林は心配しているが、それには及ばない。世界の潮流は、少なくともこの数十年、文化的多様性を前提にした多文化・多民族社会の構築、そのための人権保障という枠組みの推進であり、この流れを逆転させることは不可能である。「単一民族国家」と言っただけで、政治家や政府高官が批判されるのは、こうした国際社会の潮流の中で、平和共存の政策を実現しようという日本社会の理念そのものを台なしにするからである。アジアの中の日本、世界の中の日本という理念は、先住民族を含めた多様な文化の共存を前提にしている。また、「単一民族国家」発言は、言論の自由という視点からも批判される。弱い立場にあるアイヌ民族による自由な言論を封殺するからである。言論の自由の確保のために差別禁止の原則が必要なことは、今日の国際金融危機の愚行が示しているように、市場競争の確保には政府の一定の市場管理が必要であったのと同じ構造だ。言っておきたいが、小林こそが、日本の理念を否定し、国際社会の原則の否定を助長するという意味で「反日活動家」だろう。アイヌ民族の権利を主張する者が、「反日活動家」だという主張はそっくりお返ししたい。
 最後に、なぜ北海道ウタリ協会が取材を断ったかについて、一点説明しておこう。「小林よしのり」はすでにそれ自体が「権力」だからである。マンガという手段を使い、一方的に出版媒体を使える存在は、それこそ「権力」だろう。その意味で、「権力」の接近に慎重になるのは当たり前のことだ。これを機に、庶民の味方であるという自意識過剰をまず反省されてはいかがだろうか。

(うえむら・ひであき/市民外交センター、恵泉女学園大学)


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