コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/3/18up)




◆ 沖縄戦における住民の集団死の歪曲を慎め

〈『部落解放』2009年3月号掲載〉

大田昌秀

 新しい年が明けた。今年こそは、人間が人間らしく生活できる世の中にしたいと切願してきたにもかかわらず、年明け早々からキナ臭い空気が国内外に立ち込めている。さる一月三日夜には、イスラエル軍約一万人と戦車数百台が、パレスチナ自治区ガザへ侵攻を開始。早くも一千数百人を超えるパレスチナ人が殺傷された。地上戦が本格化し、拡大すれば、いったい、どうなるのか。世界中の人々は懸念を深めている。
 アメリカでは、国民の圧倒的支持を得て新大統領に当選したバラク・H・オバマ氏が、「変革」を声高に呼号しているけれど、未曾有の世界的経済不況は、一向に好転しそうにない。史上最悪の失業難も、改善の兆しさえ見えない。一方、わが国の政治、経済上の悪しき潮流も、前年に輪をかけて悪化する一途のみ。政府・与党は、一月五日の通常国会開会にあたり、全国紙や地方紙に、「景気に具体策」とかつてない大げさな広告を載せただけ。それも、来たるべき総選挙対策に他ならず。野党民主党も、負けじとばかりに同じく全国紙や地方紙に「国民は家族です」と呼びかけただけ。「まじめに働く人が報われる社会の創出」との掛け声も、たんなるアピール止まり。解散総選挙に追い込むこともできずに、空しい言葉の羅列だけ。肝心の経済界はといえば、不況の克服どころか、極端な格差社会の拡大に為すスベもなく、拱手傍観の体たらく。
 こうした状況下で、急速に勢い付いているのが、右よりの、自称「愛国者グループ」だ。「美しい国日本」「誇りある日本の再生」などの謳い文句で、憲法を改悪して、自衛隊の国防軍化を企む浅ましさ。格差の拡大、非正規雇用の増大をまさに好機到来とばかりに、失業中の若者たちを自衛隊(軍)に誘導する。すべては、見え透いたドタバタ劇に他ならない。
 その一好例が、例の田母神俊雄航空幕僚長だ。自らを「真の愛国者」とか、「本物の武人」などと僭称して憚らない。それを支持、擁護するのが漫画家の小林よしのり氏や、自由主義史観研究会のメンバーだ。日本の侵略戦争を「自衛戦争」とか「聖戦」と歪曲して肯定。あまつさえ、田母神幕僚長の言動は、国民の過半数が支持していると公言するしまつだ。
 彼らは、戦場の現場にいたこともないにもかかわらず、曽野綾子著『ある神話の背景』をほとんど唯一の手掛かりにして、当事者が、慶良間諸島における住民の集団死は「軍命による強制」、と主張するのを、「虚構」とか「神話」だ、の一言で片付ける。つまり、軍命や軍の強制は、まるで「なかった」というわけだ。では、「なかった」ことを証拠立てるものが、なにか一つでもあるか、といえば何もないのだ。ちなみに、戦時中の各戦闘部隊の『陣中日誌』には、「命令の下達は口頭を以てすべし」「やむを得ない場合には文書による」と明確に規定されている。したがって、命令文や強制を裏付ける文書が見付からないからといって、命令がなかった、ことには決してならないのだ。
 現に私たちは、一九四五年三月三一日に沖縄守備軍司令部からやって来た駒場ス野戦築城隊々長の口頭による命令で、軍に動員されたのである。彼の命令で、全校の職員・生徒が鉄血勤皇師範隊を結成し、制服を軍服に着替え、銃と銃弾、手榴弾二個で、軍人同様に完全武装して、戦場に駆り出されたのである。
 小林氏は、ろくに沖縄戦の実相を知りもしないのに(彼の『戦争論』を読むと、上陸日や犠牲者数など、事実関係のミスが目立つ)、慶良間住民の集団死と関連して、いかにも沖縄県民を見下すかのような傲慢な発言が目立つ。彼ら右寄りの連中の中には、軍が民間人にじかに命令することは絶対にありえない、と断言する者がいる。しかし、それは、まるで違う。
 ちなみに、小林氏は、集団自決=玉砕を強制した真犯人はアメリカだ、という趣旨のことを得々と書いている。むろん、どこの誰が最初に戦争を仕掛けたのかについては、頬かぶりで。
 米軍を擁護する気は毛頭ないが、事実はこうだ。沖縄守備軍は、四五年四月九日と五月五日の二度にわたって、「軍人・非軍人の別なく、日本語以外の言葉を使うことを禁ず。沖縄語を以て話す者は、間諜として処分す」という趣旨の命令を出している。
 ところが、米軍は、当時、沖縄には方言しか話せない多くの高齢者たちがいることを察知して、沖縄系の二世兵の中から沖縄語(方言)のできる者を、ハワイやロサンゼルスなどから三〇人ほど集めて特別チームを編成して、沖縄に派遣。彼ら特別チームのメンバーをして、各地の戦場の壕内に潜む老幼婦女子らを、方言を使って救出せしめたのだ。
 しかも、各戦闘部隊には、「軍政要員」といって、専ら戦場で右往左往する非戦闘員の救出を任務とする人たちを、何人かずつ従属させていた。その人数は、ピーク時には五〇〇〇人を数えたほど。彼らの救出活動がなかったとすれば、おそらく、沖縄戦における住民の被害は倍増したにちがいない。あまつさえ、米軍は、沖縄上陸作戦に際しては、わざわざ非戦闘員一〇万人分の食料、衣類、薬品などをサンフランシスコから持参して、戦闘に臨んだのである。
 沖縄戦の実相は、複雑で多岐にわたり、とても単純化された子ども受けのする漫画などで伝達できるものではない。それほど、奥が深いことを知るべきではないか。ともあれ、沖縄戦で、いつまでも癒えることのない深い傷を心に負っている人々に対し、これ以上、戦前流に上から「愛国心」を強制する形で説教する態度は、慎んでもらいたいものだ。

(おおた・まさひで/元沖縄県知事、大田平和総合研究所)


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