コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/5/26up)




◆ 一人芝居先生が今日も行く

〈『部落解放』2009年5月号掲載〉

福永宅司

 「先生たちは献血の時は何も思わんやろ。私たちは献血ひとつに頭にくるよ。献血の時は何も言わず血をとっていくのに、いざ結婚になったら、あんたとことは血が違うから嫁にやれんって。先生、どこが違うね。同じ赤い血やろ。先生、これは人間が作った差別やろ。それなら人間の力でたたき壊せるやろ。いつまで続くんね。教育の力でたたき壊して」
 もう、四半世紀以上の時が流れる。私が教師として一年目、識字学級の学習会での言葉である。私の住む福岡県は識字学級発祥の地でもある。それから小学校教師としての二二年間、この言葉を肝に据えて実践をしてきた。
 課題は啓発活動。残念ながら「人権」「同和」と名がつくと参加者が少なくなる傾向があった。差別の解消には、「一人の百歩より百人の一歩」が大切であると言われてきた。学習会に一人でも多くの参加を願う私はいつしか、「もっと手軽に、各地で表現できる活動はないものか」そういうことを考え始めていた。
 イスひとつで、しかも一人でフットワークも軽い。これが一人芝居の啓発活動の始まりだった。最初の演目は、国民的監督、山田洋次さんの「学校」であった。文字を奪い返していくオモニの姿が識字学級の風景と重なる。なんらかの事情で義務教育を受けられなかった人たちの教室の風景が、私たちに「教育とは」「学校とは」「人の幸せとは」を問いかける。
 イスひとつ、役者一人、はこちらの都合だった。しかし、これがうれしい副産物を生むことになる。見ている人にとっては舞台上に何もないことで、私の語りと仕草を見ながら、想像力で自分のスクリーンを描いていくことになる。「想像力」は差別をたたき壊す大きな力である。見えないものを見ていく、他人の心の痛みを考えられる力である。自分の人生と重ね合わせ涙する人もいる。「今日は来てよかった」と声をかけてもらえると、こちらも幸せな気持ちになる。
 五年前、さらなる「百人の一歩」を目指して教職を離れる。元教師の一人芝居、いつしか「一人芝居先生」として、人権・教育をテーマに一人芝居の旅が始まった。
 オリジナルの「君をいじめから守る」では、多くの中学生に出会い、彼らの現状を聞くことができた。かげ口→回避→締め出し→身体的暴力→絶滅、差別のメカニズムといわれるこの変遷はいじめのそれと重なることが多い。
 劇は、実際にこの国のどの中学校でも起こりうることを題材にしている。携帯・インターネットでの人権侵害・プロレスごっこ・シカト・身体的暴力……物語は、そういったいじめから、子どもたちがいじめ撲滅組織を立ち上げたり、教師・地域の大人たちも、「みんなで君たちを守っていくよ」と学力保障・進路保障も含めたさまざまな取り組みを始めていく展開である。劇を見ている子どもたちがだんだんとその世界に入っていき、学校生活、仲間、自尊感情、差別、いじめ、命について考えていく。
 どの子にも心当たりのあるシーンがあるのか、ますます会場は緊張感でいっぱいになる。「なにかあってからじゃ遅い」「かけがえのない命、自他の命の尊厳について考えてほしい」。そういう思いで演じる。
 「もも子」という演目は、共生、仲間、命、家族愛をテーマに演じている。発達障がいを持つ子の保護者の苦悩との出合い。近年、ますます研究と実践が進んではいるが、まだまだ周りの無理解が、その子を傷つけ、「どうせ自分が悪い」と自尊感情が痛めつけられる。それが次の障害を生み、二次障害に苦しむ子どもたち。大人になって社会で生きていく上でも心の傷が脳裏をよぎる。
 この作品は、特別支援学校で長年実践を重ねてこられた先生が書いた原作がアニメ映画になり、それを一人芝居で演じている。小学校一年生でも泣きながら見てくれるわかりやすい内容で、子どもたちの感性や想像力に、驚きとうれしさを感じている次第である。
 「思いは必ずなんらかの形で届く」。そう思っている。社会的弱者に光が当たらない社会は成熟した社会とはいえない。この国の社会は弱い者いじめが顕著に表れてきている。しかし、人は変われる。教育や人との出会いで変わることができる。こんな私でも、あの識字での出会いで自己変革の旅を始めることができた。おそらくそれがなければ、教室で手の挙がる子どもたちを中心に授業を進めていき、黙ってわからないまま時間を過ごしている子どもに目がいかなかったかもしれない。
 人は変われる。そして差別は教育の力でたたき壊していける。識字でのあの言葉を胸に、教壇から舞台へとステージは変われども、「佳き日」の実現に向けて今日も一人芝居の旅を続けている。

(ふくなが・たくじ/子どもの学び館(福岡市)主宰)

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