コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/6/17up)




◆ 底の抜けた国で―プレカリアート化する若者たち

〈『部落解放』2009年6月号掲載〉

雨宮処凛

 数日前、私のもとに一本のメールが届いた。
 メールの差出人は、自らを「二二歳のネットカフェ難民の男性」と紹介した。
 一度も会ったことのない彼と何度かやり取りしているうちに、彼は所持金ゼロ円なのにネットカフェに入ってしまい、滞在時間が二〇時間に迫ろうとしていることが判明した。
 私がプレカリアート(不安定なプロレタリアートという意味の造語)運動にかかわったのは、ある事件がきっかけだった。その事件が起きたのは〇六年春。岐阜のネットカフェで、所持金一六円の三七歳の男性が無銭飲食で逮捕されたという事件だ。彼がネットカフェに滞在したのは、なんと一カ月以上。個室使用料は数十万円に達していた。
 その報道を耳にした時、直感した。あ、フリーターのホームレス化が始まった、と。
 現在三四歳の私は、二五歳で一冊目の本を出すまでをフリーターとして過ごした。北海道から大学受験のために上京し、二浪の果てに進学を諦めた時、残された道はフリーターしかなかった。時代はバブル崩壊直後。就職氷河期がちょうど始まった頃だった。
 ウエイトレスや店員、レジ打ちなど、さまざまな仕事をした。時給はどれも一〇〇〇円前後。フルで働いても一五万円に届かない。収入の半分以上を家賃の支払いにあて、光熱費などを払うと手元に残るのは生存ギリギリの食料を買うお金くらいだった。九四年から九九年までをフリーターとして過ごした私は、時代がどんどん悪くなっていくという状況に直面してもいた。就職氷河期はより深刻になり、山一証券や拓銀が破綻し、九八年には自殺者が三万人を突破。「とりあえず」のつもりで始めたアルバイト生活から抜け出すことなどほぼ不可能だと、ある日、気付いた。
 その時に、思ったのだ。このままいけば自分は将来ホームレスになるのではないか、と。なぜなら働いても働いても食べていけないワーキングプアだった私は、家賃を滞納したりすると、常に親に頼っていた。しかし、いつかは親に頼れない日が来る。その時に自分が「自立」できているとはとても思えなかった。とにかくフリーター生活からの脱出方法がわからない。三〇歳、四〇歳になっても時給一〇〇〇円程度でカツカツで暮らさなければならない未来が漠然と見えた。貯金などできない収入の上、風邪をひいたくらいでクビになるフリーター生活。親に頼れなくなった時、この生活は確実に破綻することを確信した。
 それから一〇年後。ネットカフェ難民という形でまさにフリーターはホームレス化している。最近、私の昔の友人の女性も路上生活者になっていることが判明した。彼女はもう一年以上、ホームレスとして暮らしている。多くの若いホームレスやネットカフェ難民に共通するのは「親に頼れない」ということだ。すでに親が死んでいたり、親自体も貧乏だったり、親との関係が最悪だったり。このことは、現在「親に頼る」ことで路上生活化していない若年層が、一〇年後、二〇年後、一斉に野宿者化する可能性があることを示唆している。
 冒頭の「二二歳のネットカフェ難民」の話に戻ろう。
 所持金ゼロ、滞在時間二〇時間の彼の逮捕は「時間の問題」だった。
 池袋のネットカフェの店名を聞き出した私は、彼を迎えに行った。ネットカフェで会った彼は、あまりにも普通の若者だった。住んでいた場所をさまざまな手違いから追い出され、携帯も止まってしまい、四月から決まっていた住み込みの仕事の話も流れてしまった彼は、あっという間に所持金ゼロのネットカフェ難民に「転落」してしまったのだ。それまで日払いの仕事でカツカツで暮らしていたという彼が、貯金などできるはずもなかった。それは私にフリーター経験があるから理解できるわけで、心ない人は「自己責任」というのかもしれない。しかし、突然「難民」となってしまった彼は、いつでも首を吊れるよう、ネットカフェのハンガーに自分のマフラーをかけていたと話してくれた。さらに、あと少し私が迎えに行くのが遅ければ、警察を呼ぶと店員に言われていたことも。私が払った彼のネットカフェの滞在料金は、六九〇〇円だった。たった六九〇〇円が払えないことで、今もネットカフェで死を考え、実際に逮捕されている人たちがいる。
 もうこの国の底は完全に抜けた。だからこそ、プレカリアートは立ち上がり、助け合うのだ。

(あまみや・かりん/作家・プレカリアート活動家)

http://www3.tokai.or.jp/amamiya/


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600