(2009/8/18up)
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◆ 美は乱調にあり続ける―君が代強制への抗い
◆ 竹森真紀 二〇〇八年一二月一五日午後三時、福岡高等裁判所大法廷。いつものように「起立」も「礼」もないまま裁判長が入廷、いつもの調子で原告席から「判決の要旨をわかりやすく言ってもらえますか」と私が問うたが、裁判長は「要望はお聞きしました」と一瞥もなく主文を読み上げた。「一審原告らの控訴をいずれも棄却する」。この「棄却」という無機質な言葉が数回繰り返され、原審での原告らの一部勝訴のみならず、一九九六年提訴来三三回の弁論という年月さえも一瞬にしてかき消された気がした。学校現場に内心の自由を求め「君が代」強制を問う裁判(通称=北九州ココロ裁判)と称して、北九州市の小中養護学校の教職員が、北九州市教育委員会による「君が代」処分取り消しを求め係争してきた控訴審判決の日のことだ。 三〇年以上前、私は大学で部落問題と出合い部落解放運動にぶつかり、被差別部落で闘う人たちとその時期を過ごした。今ある私が、いまだ「国家に抗う」ことにしがみつく原点はこの部落解放運動にある。自分には差別意識などあるはずもないと正義感だけで、被差別部落の子ども会での勉強会の「指導者」をしていた。そのとき私が作成した「子ども会報」に記した「エタ・非人」の言葉が、差別のばらまきであるとその地区の青年部の一人から「糾弾」を受けた。私には彼の「学生さんは卒業したら、出て行けばよかけんね」といった〈糾弾の言葉〉すら温かい励ましのようにしか思えず、何の衒いもなく「狭山差別裁判糾弾」と裁判所抗議行動やハンガーストライキ、ゼッケン登校、狭山現地調査へと出かけていった。それらの闘いは楽しいばかりで、何の恐れもなかった。そして四年後、私は卒業しそこを離れた。 高裁判決言い渡し後、裁判所からの道はおのずと「不当判決」を掲げたデモとなり、上告の日には裁判所前で「裁判長辞めろ」のコールを響かせた。そして、この裁判長が「辞めた」。司法という名の国家権力の思い通りにはさせない抗い、国家といえどもどこかで個人であることを信じ続ける闘い、それがココロ裁判であった。「ただ黙って座る」だけの抗いによって、「不適格教員」として公教育から排除されようとする現実を前に、今こそ遠くに揺らがないものを見据えつつも、揺れ続ける心を持つことだ。美は乱調にあるはず! (たけもり・まき/北九州がっこうユニオン・うい(独立組合)書記長) ココロ裁判のHP「素敵に不適格!」 ココロ裁判が紹介された本 |
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