コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/9/16up)




◆ 橋下府政は何をもたらし、何を奪おうとしているか

〈『部落解放』2009年9月号掲載〉

竹林 隆

 「要は、知能指数を伸ばすことだ!」――昨年度、橋下知事の指示によって二回開催された、「大阪の教育を考える府民討論会」で飛び出た言葉である。口にしたのは、橋下知事によって迎え入れられた●山英男府教委教育委員。「百マス計算」で有名な御仁である。私は会場でこの言葉を聞き、一瞬、耳を疑った。「知能指数」などというものは、これまでの数十年にわたる障がい者解放運動の中で十分にその差別性、非科学性が明らかにされ、教育現場ではとっくに否定された概念のはずではなかったのか。しかし、このような問題の多い概念をもとに「大阪の教育」の再構築を掲げる●山委員や、東京・杉並の和田中で民間業者と結託した「夜スペ」を強行した藤原和博府教委特別顧問などを三顧の礼をもって招請した橋下知事は、同じ府民討論会会場でどのようにふるまったのか。
 府民参加者からの意見発表は実際のところ六:四で橋下教育行政への疑問、批判の立場であった。しかし、それらの意見を無視して〈競争〉と〈差別〉を肯定・推進する暴論を繰り返す●山・藤原氏。いたたまれず抗議の声をあげる教職員の参加者たちを指さして、「こういう教員を皆さんの力で現場から排除してください!」と橋下知事がステージ中央で拳を振り上げて叫び、それに会場参加者の万雷の拍手が応える、という光景を目の当たりにした時、私は「ファシズムとはこうして誕生するんだ」と深く痛感させられた。
 実際の話、橋下府政の誕生以降、全国学力テスト結果公開(本年七月に、府教委も市町村別平均正答率公開方針決定)、府立高校一〇校の超エリート校化(進学指導特色校)、大阪版「夜スペ」実施、などなど、かつて「差別の現実に深く学び」「差別・選別を許さない」という旗を掲げて教育実践が行なわれていたころと比べると考えられないような実態が広がってきている。
 私は、かつては「解放教育」「同和教育」、そして今は「人権教育」という看板を掲げている諸団体に聞いてみたい――今、大阪で起きていることは、これまで実践を通して否定してきたことではなかったのか、そうだとすれば、傍若無人の橋下教育行政を体を張ってでも阻止すべきではないのか、と。
 さらに橋下府政は、このような教育内容的な面だけでなく、それを支える「ヒト」と「カネ」にも大ナタを振るってきている。昨二〇〇八年、矢継ぎ早に打ち出された「財政再建プロジェクト試案」「人件費削減提案」「大阪維新プログラム案」の中に通底している思想は、即効性のないものには金を出さない徹底した公務員(および公務施策)リストラ策と、その後景を貫く新自由主義思想である。教育のみならず、医療、福祉、社会保障などにおいてこれまで社会のセーフティネットといわれていた諸施策が次から次へと廃止されていった。もちろんそれによって打撃を受けるのは、今まさに貧困と格差社会にあえいでいる人たちである。
 私たちの教育現場でも、もちろん一般職員の賃金も下がったが、それ以上に非常勤雇用で働くさまざまな職種の人たちが大きな影響を受けた。今、大阪の学校現場では、年々劣悪な雇用条件の臨時職員の割合が高まっており、学校によっては職員の約四分の一が臨時職員というケースもある。その中でも、非常勤職員については、今や全国的に公務職場での「公務員ワーキング・プア」の問題が顕在化しつつあるといわれているが、その立場の人たちが橋下府政によって、本当に働きにくくさせられている。
 二〇〇九年三月末日をもって、まったく不当にも、非常勤補助員といわれる人たち三四六人が雇い止め解雇された。二〇年、三〇年と働いてきた人たちである。また、非常勤時間講師の賃金制度を改悪し、月額制から時間単位制に切り替えられた。授業が欠ければどんどん賃金が下がることになる。そのため、六月六日付「毎日新聞」に二〇代非常勤講師の「五月の給料二万円!」という悲痛な叫びの投書があったことは記憶に新しい。
 一方で、私たちが長年にわたって廃止を要求している、高級官僚になるほど一時金に手厚く加算(最高二〇%)される「役職別段階加算制度」はいっこうにやめようとしない。「破産状態」に直面しているどこの民間企業で、社長など上にいくほど手厚く加算している企業があるだろうか。ふつうはその逆で、上に行くほどカットするものである。そして肝心なことは、これら「ヒト」と「カネ」に関する施策と、先述の教育内容に関するドラスティックな転換が不可分のものだということである。その本質は弱者を顧みない思想、強者の論理である。
 大阪の学校では人事査定制度が賃金に反映されている。やんちゃな子どもや、つらい生活を抱えた子ども、あるいは不登校の子どもなどに一生懸命かかわっても、すぐに結果は出ない。すると、評価は低く賃金も抑えられる。ならば、結果がすぐに具体的な数字で出る全国学力テスト対策に流れようか、というのは目に見えている。
 私も含めた仲間たちは、今、必死でこの潮流を食い止めようと努力している。私は、すべての人に問いかけたい。およそ〈教育〉とは、今、眼前で進行しているこんな営為のことだったのか?

●=陰の旧字体

(たけばやし・たかし/中学校教員)


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