コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2009/12/18up)




◆ 高校授業料「無償化」が問いかけるもの

〈『部落解放』2009年12月号掲載〉

平野広朗

 ええ? 本当にタダになるの? そんな金、どこにあるんだ?――政権交代を果たした民主党が来年度からの高校授業料無償化を発表したとき、当然のことながら、まず、財源にかかわる疑問が頭をよぎった。タダより高いものはない、なんてことにならなければよいが、とも思う。もちろん、本当に価値のある施策ならば、多少の負担増になったとしても断行したらよろしい。保護者にしてみれば、実施は早ければ早いほど嬉しいに違いない。
 だがしかし、何も議論がなされないままで「無償化」だけが強行されそうな雲行きに、ぼくは引っかかりを覚える。ことは、安ければ安いほどいい、という単純な話ではないはずだ。もっと根本に立ち返った議論が闘わされるべきではないか。もとより、ぼくの立場は、政治は教育・文化、医療・福祉を決して疎かにしてはならないというところにある。ことに、教育・文化は金儲けにつながらない領域であるだけに、行政は最大限バックアップすべきだ。安易に経済原理を持ち込んで金をケチるなど、もってのほかである。ではあるけれど、この件に関しては、どうもすっきりしない。
 一つには、子の養育・教育を親だけに抱え込ませることなく、社会共同体として見守ってゆこうという覚悟が共有されたうえでの施策なのかどうか、ということがある。急用ができて出かけなければならなくなったとき、隣のオバチャンが幼い子の子守をしてくれたとか、何か悪さをしたら、近所のオッチャンが叱ってくれたとかいう地域共同体がかつては担っていた教育力の延長線上に、今回の「無償化」があるのかどうか。本来ならば、障害者や老人の介護と同じく、個々の家庭に押し付けることなく社会全体で支えてゆこうという思想に立った施策であるべきだが、そのような観点からの議論は十分に尽くされているだろうか。授業料に相当する金を、自治体に一括支給する形で無償化を図るというのも、教育は共同体が支えるものだという姿勢に裏打ちされてこそ意味がある。親に渡したら別のことに使ってしまうかもしれない、といったレベルに話を落としてはなるまい。
 確かに、稼いできた金をすべてパチンコにつぎ込んでしまう親がいたり、親から渡された授業料をゲームセンターで使い果たしてしまう生徒や、月二万、三万の携帯代を払う金はあっても授業料は払わないという生徒がいたりするのも事実ではある。こうした実情を明かしてしまうと、きっと、そんな連中の授業料までタダにしてやる必要はない、という意見が出てくるに違いないが、定時制高校に通う生徒に貧しい家庭の子が多いのは、動かしがたい事実だ。親に頼らずに自分の稼ぎだけで授業料をまかなおうとする生徒もいるし、親の喜ぶ顔が見たくて、安い給料からなにがしかの金を家に入れている生徒も多い。親が作った多額の借金を返すために、いくつもの仕事を掛け持ちして昼も夜も働き続けている生徒もいる。
 ぼくの学校でも授業料を滞納する生徒は少なくないが、一口に授業料未納と言っても実情はさまざまだ。そうしたさまざまな実情をどこまでていねいにすくい上げたうえでの「無償化」なのか。ぼくの引っかかりの二つ目は、ここにある。
 「無償化」が実現すれば、滞納・未納をめぐる攻防戦は終息するかもしれないが(もっとも、学年費や生徒会費、実習費といった「校納金」は残る。これが結構バカにならない)、それで彼ら家庭の貧しさが解消されるわけでは、もちろん、ない。単に見えにくくなるだけのことだ。だが、見えにくくなることで、彼らの貧しさが「ないこと」にされてしまうことがないかどうか。それが気にかかる。「経済的な理由で十分な教育が受けられないことがないよう、すべての子どもたちに教育のチャンスを」と言うのなら、政府は授業料無償化に止まらないさらなる施策を講じるべきではないか。
 ぼくのもう一つの引っかかりは、高校は小中学校と違って義務教育ではないというところにある。高校も義務教育にしてしまえばよいという議論もあるにはあるけれど、進学するかしないか、どの高校・学科に進学するか、生徒がそれぞれの希望や興味、学力や能力に応じて選ぶわけだから(本人の意思より、中学校の進路指導や保護者の意向が強い場合もあるにしても)、高校では義務教育とは別の理念に基づいた教育が提供されてしかるべきだ。そう考えると、先に書いたことと矛盾するようだが、「サービスを選んで、買う」という意味合いで、それ相応の金を払うということがあってもよいとも思える。ぼくの歯切れが悪いのは、こういうわけだ。
 授業料無償化の方針が変更されることはないとしても、無償化の基本理念に関しては、時間をかけて十分に議論を尽くすべきであろう。高速道路無料化より、よほど重要なテーマを含んでいるはずなのだから。

(ひらの・ひろあき/定時制高校教員)


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