コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2010/1/19up)




◆ 抱樸館福岡の挑戦

〈『部落解放』2010年1月号掲載〉

奥田知志

 昨年(二〇〇八年)夏、私は打ちひしがれていた。福岡市内で開所を予定していたホームレス自立支援施設に対する住民の反対運動が激化していたのだ。署名には次のような文面があった。「○○校区はこれまで安全、安心の街づくりに全力で取り組んできました。そんな中、住宅地にタイプの違う人たちが、集団でやってきて一般住民として生活します。せっかく築き上げてきた明るく住みやすい街にひびがはいり、治安や秩序が乱れるおそれがあります」。「タイプの違う人たち」「治安と秩序が乱れる」、どれもホームレスに向けられる深い偏見と差別意識に満ちた言葉だ。そのようにしてホームレスは常に社会的排除の対象となってきた。排除に住民を駆り立てるもの、それが「安心安全」である。その後、この地区からの撤退を余儀なくされた。
 あれから一年が経とうとしている。今、福岡市東区で新たな施設の建設が始まっている。「抱樸館福岡」である。その後、奇跡的と言っても過言ではない住民の方々との出会いの中で、今「いのちの家」が立ちあがろうとしている。生活協同組合を母体とする社会福祉法人グリーンコープが主体となり、NPO法人北九州ホームレス支援機構が協働する形でこのプロジェクトが成立した。社会福祉法人とNPOの協働は稀であるし、さらに生活協同組合が直接ホームレス支援に乗り出すことも初めてだと思う。
 「抱樸」は住井すゑより学んだ。NPOが運営する施設の総称である。
 抱樸館由来/奥田知志  みんな抱かれていた。眠っているに過ぎなかった。泣いていただけだった。これといった特技もなく力もなかった。重みのままに身を委ね、ただ抱かれていた。それでよかった。人は、そうしてはじまったのだ。ここは再びはじまる場所。傷つき、疲れた人びとが今一度抱かれる場所――抱樸館。
 人生の旅の終わり。人は同じところへ戻ってくる。抱かれる場所へ。人は、最期に誰かに抱かれて逝かねばなるまい。ここは終焉の地。人がはじめにもどる地――抱樸館。
 「素を見し樸を抱き」――老子の言葉。「樸」は荒木。すなわち原木の意。「抱樸」とは、原木・荒木を抱きとめること。抱樸館は原木を抱き合う人びとの家。山から伐り出された原木は不格好で、そのままではとても使えそうにない。だが荒木が捨て置かれず抱かれる時、希望の光は再び宿る。
 抱かれた原木・樸は、やがて柱となり、梁となり、家具となり、人の住処となる。杖となり、楯となり、道具となって誰かの助けとなる。芸術品になり、楽器となって人をなごませる。原木・樸はそんな可能性を備えている。まだ見ぬ事実を見る者は、今日、樸を抱き続ける。抱かれた樸が明日の自分を夢見る。
 しかし樸は、荒木である故に少々持ちにくく扱い辛くもある。時にはささくれ立ち、棘とげしい。そんな樸を抱く者たちは、棘に傷つき血を流す。だが傷を負っても抱いてくれる人が私たちには必要なのだ。樸のために誰かが血を流す時、樸はいやされる。その時、樸は新しい可能性を体現する者となる。私のために傷つき血を流してくれるあなたは、私のホームだ。
 樸を抱く――「抱樸」こそが、今日の世界が失いつつある「ホーム」を創ることとなる。ホームを失ったあらゆる人々に今呼びかける。「ここにホームがある。ここに抱樸館がある」。
 私たちがこれからの社会を展望するには、まず「安心」と「安全」に対する懐疑をもって始めなければならない。確かに「危険で不安な街」は困る。しかし自分の安心と安全を確保するために、ホームレス状態におかれた人びとの安心、安全を無視し、生存権や居住権をも侵害する、その「安心安全」とは何か。戦争指導者たちが参戦の理由として常に語ってきたことは「安全保障」であった。あえて問う。「安心安全はそんなに大事か」。自分たちの「安心安全」だけを追求する地域社会は出会いのチャンスを逃し、敵対心に燃え、あるいは無関係を装う。しかし、そもそも人が誰かと出会う時、その人は多少なりとも自分のスタイルやあり様を変えざるを得なくなる。自分の都合を一部断念する。その意味で出会いは危険だ。しかし、それが無いと私たちは生きてはいけない。作家の灰谷健次郎はこのように語る。「いい人ほど、勝手な人間になれないから、つらくて苦しいのや。人間が動物と違うところは、他人の痛みを自分の痛みのように感じてしまうところなんや。ひょっとすれば、いい人というのは、自分の他にどれだけ自分以外の人間が住んでいるかということで、決まるのやないやろか」(『太陽の子』より)。
 「いい人」になりたいとは思わない。いや、なれない。でもいい人に出会いたい。
 来年(二〇一〇年)五月にいよいよ開所を迎える。これからが本番。昨年からの経済状況下、ホームレスが急増している。特に昨今では若年層のホームレスが目立ち始めている。「こんな格好では実家に帰れない」という若者の悲痛な叫びを聞く。「助けて」と言えない彼らに「ここに抱樸館がある」と伝えたい。

(おくだ・ともし/NPO法人北九州ホームレス支援機構 理事長)
社会福祉法人グリーンコープ 副理事長、東八幡キリスト教会牧師

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ゆうちょ銀行(郵便局)備え付けの払込用紙をご利用ください。

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電話 093-653-6669
http://www.h3.dion.ne.jp/~ettou/npo/


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