コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2010/3/17up)




◆ 2009年の人権状況を振り返る

〈『部落解放』2010年3月号掲載〉

土井香苗

 二〇一〇年となりました。二〇〇九年の世界の人権状況を振り返ると……。
 明るいニュースもありました。たとえば、三月、スーダンのバシール大統領に対し、ダルフールでの戦争犯罪・人道に対する罪の容疑で、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されました。ジェノサイドと形容されることもあるダルフール危機。「国家元首であっても法の裁きの例外ではない」という長年の人権運動の成果です。
 しかし、明るいニュースだけではありません。二〇〇九年は、「人権に対し激しい攻撃が行われた一年」として人びとの記憶に残ることでしょう。
 二〇〇九年、世界中の人権侵害国家は、活動家や人権団体に対し、暗殺、恣意的な逮捕・拘禁、刑事訴追、脅迫など、容赦ない反撃をしました。
 人権活動家を沈黙させるために「暗殺」が行われた国は、ロシア、スリランカ、ケニア、ブルンジ、アフガニスタンなど。中でも、多くの暗殺が行われたのは、ロシアです。
 チェチェンで行われた人権侵害を明らかにした人びとが、とくに狙われました。たとえば、昨年七月、ロシアの人権NGO「メモリアル」のスタッフ、ナタリア・エステミロワさんがチェチェン首都のグロズヌイにある自宅周辺で誘拐され、射殺体で発見されました。彼女は、長年、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)とともにチェチェンでの人権調査活動をしていました。彼女が暗殺されたのは、HRWの調査ミッションから帰った翌日のこと。もうナターシャはいないという事実に、HRWは深い悲しみに包まれています。
 人権運動が進展すれば、これを脅威に感じる腐敗した権力が反撃に出るのは常。人権活動家の活動が効果的であればこそ、権力は反撃に出るのです。しかし、二〇〇九年、人権活動家はこれまでにも増して、危険にさらされました。
 イスラエルで活動する国内外の人権団体は、昨年、イスラエル政府をはじめとする組織から、これまでにない激しい反撃にさらされました。二〇〇八年一二月から三週間にわたって行われたイスラエル軍によるガザ攻撃の際に、イスラエル軍やハマスが行った人権侵害などを調査して明らかにしたことに対する反撃です。
 また、北朝鮮やアフリカのエリトリア、中央アジアのトルクメニスタンなどは、世界でも最も権威主義的な政権。そもそも、人権運動といえるものが存在していません。政権により、個人や団体に対し激しい弾圧が行われているため、人権運動が存在する余地がまったくないのです。
 私は、一九九七年からの一年間をエリトリアで司法ボランティアをしてすごしました。エチオピアから独立したばかりだったエリトリアは、当時、複数政党制の民主主義国家を目指し、希望に満ちていました。それからたった一〇年。二〇〇一年を境に、イサイアス大統領は弾圧を強めました。当時、希望に満ちていた私の友人の多くは、国外に亡命するか、政治犯として無期限拘禁されるか、あるいは、弾圧的政権の一翼を担わざるをえなくなっています。
 二〇〇九年、スーダンや中国は、人権団体をいくつも閉鎖。イランやウズベキスタンは、人権活動家に対し、公然と恣意的逮捕や嫌がらせを行いました。また、コンゴ民主共和国やスリランカ、コロンビア、ベネズエラ、ニカラグアでも、人権活動家は脅迫や嫌がらせ、暴力にさらされました。
 米国はどうでしょうか。ブッシュ政権時代、人権面での米国の信頼は失墜。二〇〇九年、オバマ政権は、失われた信頼を回復するという試練に直面しました。オバマ大統領の発言のなかには注目されるものも多かったのですが、その言葉を実際の政策や行動に十分移せませんでした。たとえば、CIAの強制的尋問プログラム。中止をしたのはよいことですが、十分ではありません。拷問などの虐待を命令・推進・実行した責任者たちを捜査・訴追することが必要ですが、オバマ政権は過去からは目をそむけたままです。  二〇一〇年、抑圧的政権による人権運動への攻撃をとめ、人権運動を前進させるためには、何が必要でしょうか。その唯一といってもよい方法――それは、人権の尊重を求める政府が声をあげることです。国際社会では、人権を攻撃する大きな声が聞こえます。人権を守る大きな声も必要です。
 欧米の各国政府は、人権擁護を求めて、もっと一貫した声をあげるべきでしょう。自分の友好国には甘く、といった姿勢は許されません。また、グローバルな人権の保護を「西欧政府におまかせ」にしてきたアジア各国政府の姿勢は、二〇一〇年こそ変わらなくてはなりません。
 鳩山新政権には、二〇一〇年こそ、被害者の声を聞きながら、「人権を柱にした真の友愛外交」を宣言し、実行してもらいたいと思います。

(どい・かなえ/弁護士、ヒューマン・ライツ・ウォッチ 東京ディレクター)

ブログ http://hrw.asablo.jp/blog/


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600