コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2010/4/26up)




◆ 冬季五輪の本質的な問題

〈『部落解放』2010年4月号掲載〉

谷口源太郎

 二月に開催されたバンクーバー冬季オリンピックについての印象を端的にいえば、メディアの流した無責任な「メダル幻想」に視聴者、読者がさんざん振り回されたということだろう。
 それとともに、洪水のように流されるその幻想によって、冬季オリンピックの抱える本質的な問題は、完全に消し去られてしまった。
 大会には、八二の国・地域の参加で「史上最多」とされたが、冬季競技の行われていないところもかなりあった。そのことからいっても冬季オリンピックは、五大陸での競技の普及を前提とするオリンピック(その象徴が五輪マーク)に適合していない。その本質を無視して、夏季の大会と同様に扱うメディアは、根本的に間違っている。
 オリンピック憲章では、夏季に開催される大会を「オリンピアード競技大会」、冬季大会は「オリンピック冬季競技大会」と称する。その呼称の相違にも両者の意義の軽重が象徴されているのだ。
 @「オリンピアード」とは連続する四暦年の期間を意味し、最初の年の一月一日に始まり、四年目の一二月三一日に終了する。Aオリンピアードは、一八九六年にアテネで開催された第一回オリンピアード競技大会から連続して順に回数がつけられている。Bオリンピック冬季大会は、開催された順に回数がつけられている。
 要するに、四年間のオリンピック運動の成果を示すためのオリンピック大会と、そうした意味を含まない冬季大会とは明確に区別されているのだ。その背景には、過去、冬季競技をオリンピアード競技大会に加えるかどうかを巡っての激しい葛藤があった。『オリンピックの事典』(川本信正監修・三省堂)を参考にして、その経緯をたどってみよう。
 近代オリンピック創設者・クーベルタンは、「オリンピックは夏だけのもの」という考え方で、冬季競技には反対し続けた。一九二一年、ローザンヌで開催されたIOC総会の席上、フランスのIOC委員が「冬季競技は、北欧を除いて、それほどさかんではないが、スキー、スケートをオリンピック競技に加えるべきだ」と提案。それに対してスキー競技を生み育てた自負もあって北欧のIOC委員は「氷は人工でも作れるが、雪やスロープは作れない」と反論し、意見はまとまらなかった。その後も議論が続くなか、一九二四年、フランス・オリンピック委員会がフランス・アルペンクラブと共同でシャモニー・モンブランを舞台に冬季競技大会を開催。その大会が第一回オリンピック冬季競技大会として認められた。
 それ以後、第一六回アルベールビル(フランス)までは、オリンピック大会と同じ年に開催されたが、第一七回リレハンメル(ノルウェー)から二年前の開催となった。オリンピック大会と同年開催だと冬季大会は存在感が薄く、テレビ放送権やスポンサーシップの収入も少ないため、IOCは切り離すことで収入増を図ったのだ。
 バンクーバー冬季オリンピックをテレビ観戦しながら、かつて北欧のIOC委員が冬季競技をオリンピック大会に加えることに反対した理由、「氷は人工でも作れるが、雪やスロープは作れない」ということの重要さを想起させられた。
 その言葉には、冬季競技のあり方として自然環境を母体にすべきである、という明確な思想があった。しかし、IOCは、オリンピック冬季大会が回を重ねるごとにその思想を軽視したり無視するようになり、人工的に作った競技コースでのスノーボード・ハーフパイプやスキー・モーグルなどスリリングなパフォーマンスを見せ物とするような競技を次々と正式種目に採用した。それは、明らかにテレビの影響であった。テレビは、巨額の放送権料を支払う見返りとして、オリンピックをビッグ・ショーに変えてしまったのだ。テレビ放送権料とテレビを媒体とするスポンサーシップを主要財源とするIOCは、ショーとしての商品価値を追求するテレビのやりかたに歯止めをかけることはできなくなっている。バンクーバーでは、リュージュ一人乗りの公式練習でグルジア代表の選手がコースから投げ出されて死亡する事故が起きた。また、ボブスレーの公開練習でも転倒が相次いだ。そのほか、雪不足で競技日程が狂ったり、整氷車の故障でスケート競技の進行が一時間以上も遅れるといったトラブルなども起きた。
 スピードやアクロバティックなパフォーマンスを要求される選手は、命知らずのプロのように競技に挑戦している。自然環境を破壊するばかりか、選手を商品化し人間性や人間の尊厳まで軽視する冬季オリンピック大会は、根本的に見直されるべき時にきている。
 最後に重ねて言っておかねばならぬのは、相変わらず日本選手のメダルばかりにこだわって大騒ぎし、冬季オリンピックの本質的な問題を無視したメディア、とくにテレビの罪は、計り知れないほど大きいということだ。

(たにぐち・げんたろう/スポーツジャーナリスト)


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