コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2010/7/16up)




◆ ひとりの仲間も見捨てない教育を追い求めて

〈『部落解放』2010年7月号掲載〉

福永宅司

 「この国は、年間三万人以上の人が自ら命を絶っている。なんとかしなくては」
 ちかごろは、報道でよくこのフレーズを聞くようになった。たいへんな人数であると想像できるが、なかなか可視化できないので、私自身の切実感が弱いものがあった。それが、ある雑誌に書かれていた記述に出会う。「一年間で自ら命を絶つ人は、東京マラソンの参加者に近い」というものだった。
 そこで、今年の東京マラソンの映像は、特にスタートの瞬間の映像を注目して見た。愕然とし、目がくらくらしたことを今でも覚えている。広い広い道路をめいっぱい横に広がって招待選手がスタートする。一般の人が続いていくわけだが、長い長い長蛇の列、次から次からあふれる人混みは途絶えることを知らない。全員が走り終える時間のなんと長いことか……。
 可視化すると、なんと多くの尊い命が失われているか、切実感とともに、緊急性を感じた。「こりゃあ本当になんとかせな、いかんばい」と。
 私は、子育てや教育講演、人権啓発活動の一人芝居など年間二〇〇回近くの講演をさせてもらっている。これ以降、最近は、必ず講演のどこかにこの体験話を入れさせてもらって、みんなで考えるようにしている。ささやかな一歩でもいいから、ひとりでも多くの人がアクションを起こしていかないと、と思っている。
 元教師の私としては、教職を離れた今でも、未来を生きる子どもたちの教育に光を追い求めている。先述したこの国の課題から考えれば、小さい頃からの、人との違いを認め合い、仲間と支えあい、仲間を切り捨てない教育がもっともっと必要になってくる。
 教師時代、学力保障の取り組みは、「仲間づくり」と共にこだわって、実践を大切にしてきた。私の住んでいる福岡市では、一九九〇年代、二度の同和教育実態調査を受けて、学力の厳しい子どもたちに光を与える授業づくり、その子を自分の授業の検証の軸に据えてその子を見失わない、切り捨てない教育を組織的に展開した経緯がある。私もその一員として当時得た宝物は、「一斉授業ばかりでは、一〜二割の子どもたちは切り捨てられる」ということだった。わかっていたことかもしれないが、検証の軸に据えて授業を見なおせば、あらためて思い知らされることになる。
 だから私は、実践が教壇からステージへと舞台を移すことになった今でも各地の移動の際は、こういうアンテナを立てている。「格差を乗り越えた学校」「マイノリティーの子どもたちに力のある学校」。こういった、教師たちに熱と光と希望と元気を与えている実践を追い求めているのだ。
 今現在、惚れ込んでいる実践がある。『学び合い』といって、子どもたちの力を信じて、「ひとりの仲間も見捨てない」をテーマに、子どもたちが、わかった子からわからない子へと『学び合い』を展開していく実践である。教師は、課題範囲の提示、環境づくり、評価、確認テストという役割を担い、あとは子どもたちの「学び合い」を保障する。立ち歩きもオッケーで、大半の時間を子どもたちの『学び合い』にあてる。
 理解が足りない人が見れば、一見、学級崩壊なんて思えるが、子どもたちのドラマは感動である。
 仲間のために予習してくる子、このクラスにいると自分は見捨てられないと包み込まれる感覚を持ち自尊感情が高まる子、これはもはや授業の方法・手だてと言った次元ではなく、生き方そのものにつながってくる実践である。  「ひとりの仲間も見捨てない」その合言葉どおり、確実な成果を生んでいる。取り組みが改革を飛び越えて、まさに「革命」に近いので、じわりじわりと浸透しているようである。私はこういう実践に出合うとしびれるような感動を味わい、いてもたってもいられなくなる性分で、今、その感動を三倍速で講演で伝える日々を送っている。
 余談になるが、私のように『学び合い』に惚れ込んでいる福岡県内の学生とふと知り合うことができた。「今年が採用試験です」「ピアノの練習する所がなくて」。そこで私、「それならうちの学び館においでよ。ピアノあるし、日曜日は教室が空いているし、ひとりで黙々とやるのもいいけど、せっかく『学び合い』に惚れ込んでいるみんなだったら、採用試験の『学び合い』うちでやったら」ということで、四月からその学習会が始まっている。「子どもたちひとりも見捨てたくない」という志の若者が教員採用試験に向けて『学び合い』をやっている。
 そういえば大河ドラマの『龍馬伝』も、時代を変えようとしている彼らの年齢は二〇歳前後。時代を変えるのはやっぱり青春の力。目の前の学生を見て、そんなことをふと思っている。
 「ひとりの仲間も見捨てない」教育。これからも追い求めていきたい。

(ふくなが・たくじ/子どもの学び館 代表取締役、子育て・教育講演家、一人芝居演者)


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