コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2010/11/18up)




◆ アフガニスタンのいま。

〈『部落解放』2010年11月号掲載〉

福元満治

 ペシャワール会は一九八三年、中村哲医師のパキスタン・ペシャワールでのハンセン病診療と共にスタートした。ハンセン病診療を柱としつつ、多い時には一つの基地病院と一〇カ所の診療所を運営してきた。しかし米軍の診療地域への侵攻や「反テロ戦争」による治安悪化で、現在では一カ所の診療所だけが機能している。私たちの診療活動を妨げたのは、米軍や治安悪化だけではない。二〇〇〇年から打ち続く大旱魃による渇水、砂漠化がさらに追い討ちをかけた。旱魃で診療所のある村がまるごと難民化することもあった。診療所があっても水がないことで村人の生存そのものが不可能な事態まで追いつめられていたのである。
 アフガニスタンに対する日本人が持つイメージは、砂漠と山岳の荒涼たる風土で、原理主義を信奉する狂信的なテロリストが自爆テロを繰り返している荒廃した国、というようなものではないだろうか。ところが、本来のアフガニスタンは穏やかな農業国である。人口の約八割は農民で、二〇〇〇年に始まる旱魃以前は、穀物自給率が一〇〇パーセントに近い豊かな農業国だったのである。
 もう一つ認識すべきは、アフガニスタンはイスラムという独自の宗教と文化を持った共同体である、ということである。ペシャワール会はモスクと六〇〇人の子どもが学ぶマドラサ(神学校)も建設したが、その建設を告げたとき村の長老たちは中村医師に次のように言った。「これで私たちは解放される、私たちは自由になれる」。
 私たちは、イスラム教徒に対して「絶対神アラーによって自由を拘束された、無力な民」という先入観を持っていないだろうか。過酷な風土で暮らす彼らは、信仰を持つことで貧しい日々を受け入れ、不安はあっても安寧を得ている。それゆえ祈りの場であるモスクがあって初めて、過酷な日常から解放され、自由を感じることができる。
 ところがその附属神学校であるマドラサには欧米諸国による偏見がある。マドラサで学ぶ子どもたちのことを、単数でタリーブ、複数でタリバン(神学生)という。だからマドラサは狂信的神学生タリバンの養成所であると。だがほとんどのマドラサはコーラン教育を基礎にしながら数学や英語、科学を教える伝統的学校にすぎない。キリスト教系や仏教系の学校が、聖書や仏典を基礎に一般教科を教えるのと本質的には変わらない。
 さて、私たちの建設した二五・五キロの用水路によって復興した田畑は三〇〇〇ヘクタール。およそ一五万人の生存を確保することができる。工事には連日五〇〇人ほどの作業員が従事したので、七年間で七〇万人の雇用が発生したことになる。用水路工事が無ければ難民になるか、軍閥や米軍の傭兵になるしかなかった人々である。用水路工事が巧まずして地域の治安安定に寄与したのである。総工費は約一五億円、すべて会員の会費と支援者の寄付による。
 用水路事業は、日本の伝統的工法を参考とした。コンクリートと鉄筋中心の近代工法でなく「蛇籠工」や「柳枝工」という江戸期に完成した工法を採用した。それはなぜか。
 用水路は決壊するものである、ということを前提にした時に、コンクリートだと土地の人々にとってその修復は、技術的・財政的にみて困難を伴うことになる。実際、外国の援助団体によって建設されたものの、決壊後そのまま放置された現場を、私たちはいくつも見てきている。
 蛇籠は縦一メートル横二メートル、幅八〇センチほどの鉄線で編んだ籠の中に石を積み重ねたものである。これを用水路の両岸に積み上げる。その蛇籠(布団籠)の上に土嚢を積んで柳の挿し木をする。これが柳枝工である。
 アフガン人は家を石と泥と日干しレンガで築き、子どもも手伝う。だから男たちは生まれついて石積みの技術をもっている。彼らにとって蛇籠であればその修復・保全は難しいことではない。
 柳枝工というのは、護岸した土手を柳の植樹で保全する工法である。柳の根は水を求めてその蛇籠の石の間にネット状に入り込み絡み付く。蛇籠の針金が切れる頃には、柳の根がしっかり石を抱きかかえる。柳は防風林・防砂林にもなり土石流の歯止めにもなる。石の隙間には生き物も棲息する。今風に言えば、環境にやさしい治水工法である。
 私たちは用水路を完工し、一五万人の生存の基盤を確保した。イスラム教徒である農民たちの精神の拠り所であるモスクとマドラサも建設した。さらに用水路の最終地点であるガンベリ砂漠を開墾して「自立定着村」を建設している。この村は用水路の建設現場で治水技術を習得した作業員=農民の家族が入植し、農業をやりつつ用水路の修復・保全を行うことが期待されている。
 つまり私たちは、@用水路=生存の基盤、Aモスク・マドラサ=精神の拠り所、B自立定着村=修復・保全機能を建設することで、アフガニスタンのいち地域において、その復興支援モデルを提示できたのではないか、と考えている。

(ふくもと・みつじ/ペシャワール会 事務局長)

ペシャワール会 http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/


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