コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/1/26up)




◆ 劉氏のノーベル平和賞受賞

〈『部落解放』2011年1月号掲載〉

土井香苗

 ノルウェーのノーベル賞委員会は昨年(二〇一〇年)一〇月八日、ノーベル平和賞を「中国における人権のため、長年にわたり非暴力的闘争を行っている功績」ゆえ、中国で服役中の著述家で人権活動家の劉暁波(Liu Xiaobo)氏に授与すると発表した。この賞により、中国の人権状況は国際的な議論の俎上に戻った。このノーベル賞は、劉氏の人権と民主主義に向けた断固たる非暴力の活動を称賛するだけでなく、中国政府がすべての国民の福祉を尊重する政府になるよう日々闘う多くの中国人たちをも称賛する賞だ。
 もちろん、これに中国政府は大きく反発している。しかし、それ以上に中国政府が内心いやがっているのは、政府の報道規制にもかかわらず徐々に劉暁波氏の存在が中国国民の広く知るところとなっていき、国民がインターネットなどを通じて劉氏らが起草した「〇八憲章」を実際に読むことだ。
 劉氏は、〇九年一二月二五日、北京の裁判所で、懲役一一年の実刑判決を宣告された。中国における法の支配と人権尊重を求める〇八憲章を起草し、これを広めたとして「国家政権転覆煽動罪」で裁かれた。
 〇八憲章は、人権、民主主義、そして法の支配を、中国の政治体制の核心にすべきと提言したインターネット上の申し立て。当初、人権活動家や法律活動家を含む三〇三人の中国人が〇八憲章に署名したが、その後も、インターネットを通じて広まり、現在は一万人を超す人々が署名をしている。劉氏は今回の逮捕後に「権威主義の政権に対し、独立した知識人が立ち上がり自由への一歩を踏み出すと、それは投獄への一歩となることが多い。それでも、一歩を踏み出したことに後悔はない」と述べている。「この逮捕によって、今や、自由はより近づいたのだから」と。
 大学で文学を教えていた劉氏は、八九年六月の天安門事件の後拘束された。今回の拘束は二〇〇八年一二月から。この拘束は、政治的動機に基づくのはもちろん、中国法により保障されている最低限の手続きにも違反していた。劉氏は、正式な逮捕手続きも経ないまま、突然、音信不通状態に置かれたのだ。
 劉氏の投獄は、〇八年の北京五輪前から中国政府が強化している政治弾圧の一環である。以来、中国政府は、根拠のない国家機密関連罪や国家転覆関連罪で、著名な反体制派たちを長期間にわたり投獄している。それ以外にも、メディアやインターネットの制約を拡大したり、弁護士や人権活動家、NGOへの統制も強化している。
 〇七年初頭以来、中国政府は、ウイグル民族やチベット民族に対しても統制を強化。しかし、残念ながら、急速に台頭する中国に対し、日本政府はもちろんこれまで人権を重視してきた米国などの欧米政府も、中国の暗部に声をあげることに及び腰になっている。
 そんな中、ノーベル賞選考委員会は、世界中の多くの人が目をつぶっている中国の現実に光を当てたといえよう。劉暁波氏は、長年、普遍的価値を非暴力で主張し、権力には真実をもって対峙するという彼の信念から逸脱しなかった。まさに、ノーベル平和賞の理念を具現化している人物である。よって、劉暁波氏は即刻釈放されるべきである。それとともに、胡佳(Hu Jia)氏、高智晟(Gao Zhisheng)氏、譚作人(Tan Zuoren)氏、黄気(Huang Qi)氏など、他にも拘束中あるいは「失踪」させられている活動家も釈放されるべきだ。
 そして今年、二〇一一年、日本政府は中国における人権問題に対してしっかり声をあげる、と外交の方向転換を打ち出すべきだ。つきあいにくい隣人である中国政府に対し、長期的視点にたって、人権尊重・法の支配に向けた真の改革を促していく必要がある。それは、リアリズムの観点からも必要で、日本の国益に合致する。
 独立した司法や自由なメディアは、政府や企業の腐敗や横暴に対する監視装置であるとともに、予防にも役立つ。汚職などの問題が大きくなりすぎないうちに膿を出すガバナンスの自浄装置としても機能するのだ。しかし、それが存在しない現在の中国では、人々の不満が徐々に蓄積している。いつ爆発するとも限らず、社会はとても不安定だ。
 長期的かつ戦略的にみて、真に繁栄し安定した二国間関係を実現するためには、日本政府として中国に対し人権と自由を徐々に拡大していくよう求めていくしかない。それは、日本に必要であるのみならず、中国にとっても利益となる。
 劉暁波氏に対するノーベル平和賞授与が、日本政府の政策変更の端緒となることを期待する。

(どい・かなえ/ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表、弁護士)

ヒューマン・ライツ・ウォッチ http://www.hrw.org/ja


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